ぶっく3
□夏の日
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溜まった仕事を明日に回して外に出た。
19時過ぎでも薄曇りの雲の隙間からはまだ青空が見えていて、外はなんとなく明度が落ちている程度だ。
歩いているうちにひぐらしの声が聞こえてきて、数十分前に社用車の中で聞いたラジオを思い出した。
ひぐらしって、おセンチですよね。確かそんなことを言っていた。
小学校のグラウンドでは男の子が一人でサッカーボールを蹴っていた。ひぐらしはそのグラウンドに生えている木の上から一匹だけ声を響かせていて、ふと一昨日偶然見かけた、川沿いに一匹だけ飛んでいた蛍を思い出した。何処にでもありそうな、でも今ここにしかない夏の日だった。
昨日の深夜から始まったダムの放流はまだ続いていた。橋の下ではいつもより茶色の濁流がいつもより幅を広げて、でもいつかの時よりは穏やかに下流へと流れていた。この流れにのまれたらどうなるんだろう。以前より激しくは見えないけど、やっぱり苦しいんだろうか。
その気のないことを夢想して、ふと今噂の芸能人を思い出す。川沿いの土手から夏の虫の音がする。
あの人だったらどうするだろう。荒波に揉まれて、苦しくもがいて濁流にのまれたとしても、それは地上で石を投げられ続けるよりましだろうか。まさか、川に向かって石を投げ続けるやつがいるなんて思いもしなかっただろうか。それとももっと遠く、何かもっと別の全然違うことを考えていたんだろうか。
あの人たちなら。
いつも陽気で話し好きでしっかりしている世話好きなあの人。最近立て続けにいろいろ起こるのよねと言っていたあの人。やっぱり厄年だからお祓いに行こうかしらなんて、笑いながら涙を溢したあの人。それでもまだ笑っていたあの人。
それと、もう大変と笑いながら愚痴っていたあの人。声が出なくなって今日休んだあの人。風邪かななんて大して気にもされていなかったあの人。
もう、多分、一旦限界の、あの人たちなら。
段々離れて行ってもひぐらしの声はずっと響いていた。そのひぐらしと川の音と川沿いの夏の虫たちを全部背にして公園脇の狭い坂道を下った。下りながら、皆がゆっくり休んで、ちゃんと息が出来たらいいなとぼんやり思った。
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