私と彼

□生徒の私と
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グランドで汗を流している野球部を教室の窓から何気なく見ていたら、パコッという音と軽い衝撃が後頭部に走った。

「痛い…」

左手で叩かれた場所を抑えながら後ろを向くと、そこにはムスッとした顔で私を見下ろす先生。

「余所見してねーで早く終わらせろよ」

いかにも怠そうにため息をついてからわたしの隣の席のイスをガタッと引いて体をこっちに向けたままどかりと座る。わたしはと言えば急に近づいた距離にどきりとしながら、それを隠すように視線を机の上の紙に向けて「あついですね」なんて言って。わたしの隣に座る先生はわたしの気なんか知らないで「そーだな」と言いながらネクタイを緩めた。

そーゆー意味じゃないんだけどな。きっと…いや絶対わたしの気持ちなんて分からないんだ先生は。今だってYシャツから覗く肌にまたどきどきしてることなんて分かって欲しいとも思わないけど。

最初に会ったときの印象は、単に話しやすい教育実習生だな、くらいだったのに。
いつからだろう、気付けば先生ばかりを目で追うようになったのは。いつからだろう、この気持ちが恋だと…先生が好きだと気付いたのは。

「おい、どーした?」

一向に手が進まないわたしを見かねてか、先生が「どこが分かんねーの?」なんて言いながらガタリとイスと一緒に近づいてきた。

「…分かりますよ。こんな簡単な問題」

「え、なんだそりゃ
じゃーさっさと終わらせろよな」

怪訝そうな顔をする先生を無視しながらカリカリと目の前の数式を解いていく。
先生はと言えば、出来てんじゃん、なんていいながらわたしのシャーペンの先から生み出される文字をじっと見つめている。

正直緊張するから止めて欲しいんだけど。字、震えるんだけど。

そんな事を思っていたら、先生の口がゆっくり開いた。

「俺さ、今日が最後の日じゃん?」

いつもとは違う切なさを含んだ先生の声に答えるように、胸がきゅっと痛んだ。無意識にシャーペンを持つ手に少し力を込めながら「そーなんですか」なんて素っ気なく言い放って、いつの間にか止まっていた手を再び動かす。

先生はそんなわたしを見て、冷たいな佐藤は、なんて言いながら少しだけ笑った。

明日から先生に会えなくなるなんて、最初に会ったときからずっと分かってたことなのに。それなのに、会えなくなるなんて考えるのが嫌で嫌で、少しでも長く先生といたくて、普段は余裕に解ける数学の小テストを白紙で提出した。
当然放課後居残りを命じられて、他の生徒が終わってもずっとこの席に座ってるんだけど。

そんなわたしの企みなんか毛ほども知らない先生は机の上に肘を立てて頭を乗せて、わたしのシャーペンの先を見ながら話を続けた。

「俺さ、初日めっちゃ緊張してさ、行くの嫌だな〜なんて思ってたんだよね」

意外だった。先生は初日からニコニコして話しやすくて、緊張なんて全然感じられなかったから。

「高校生とか一番不安定な時期だし、教師に刃向かう時期でもあるしさ」

カリカリと手先を動かし続けながらも、耳は完全に先生に向けられている。そのせいか単純な計算を間違えるわたしに「そこ違う」と声をかけながらも、そんなわたしを全く気にする様子もなくまた話し出す先生。


「でもさ、学校の前の坂んとこで俺に挨拶してくれた女子高生がいてさ」


消しゴムをかける手がピタリと止まる。


「その子、自分は遅刻寸前なのに…ちゃんと俺の方見て『おはようございますっ!!』って」


「……」


「その後その娘さ、『あ、ネクタイ曲がってますよ』って俺に言ってから校舎ん中入ってったんだけど…その娘のスカーフもぐっしゃぐしゃでさ」


「……」


「『自分はいいのか』って思ったら笑っちゃって…おかげで緊張ほどけたんだよね」


隣を見ると先生は、懐かしそうに目を細めて笑っていた。


「…だって、気になったんですもん」


「自分のスカーフは気になんなかったの?」


「走ってたからしょーがないじゃないですかっ!!」


ぷくりと頬を膨らませてみるけど先生はニコニコ(寧ろニヤニヤ?)したまま、わたしの手元を指差す。早く終わらせろということだろう。

再び動き出したわたしの手を確認した先生は、「最初も最後も佐藤か…」となんとも読み取りづらい声色で呟いた。
返事に困ったわたしはとりあえず「そうですね」と言ってから、計算式で埋まったプリントを先生に突き出す。

プリントを受け取って答えを確認した先生はガタリと立ち上がった。


「よし、終わり。帰っていいぞ」


そう言って教室を出て行こうとする先生を何とか引き止めたくて、少しでも長い時間一緒にいたくて、気付いたら声をかけていた。


「…あのっ、」

「ん?」

「えっと…」


先生は、急かさずにわたしの言葉を待ってくれる。


「…先生に会えて、よかったです」


本当は好きだって言いたいとこだけどそんな勇気もなくて、やっと出てきたのはそんな言葉。きっとわたしの気持ちなんて伝わらないんだろうけど。

案の定先生は「俺も、お前らに会えてよかった」って。そういう意味じゃないんだけどなんて思ったけど、もうそれでもよかった。


それよりも、「それに、俺の最初の生徒が佐藤みたいなやつで良かった」なんて言ってわたしの頭をわしゃわしゃ撫でるから、鼻の奥がつんとした。








ー…


書きたいことがありすぎて全くまとまらず。

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