ぶっく2

□安藤咲子は恋をする
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 安堂咲子がこの場所……自らの所属している部室へ来たのには幾つか理由があったが、その理由の内大半を占めるのが避暑であった。部室にはエアコンが備え付けられておりソファーもある。つまり、涼しい場所で眠ることができるのだ。夏が苦手な安堂咲子にとって、先程までの炎天下での活動(──といっても彼女自身は殆どといっていいほど動いていないはずだが)は彼女の体力を削ぎ落とすものであったのだ。普段は男子たちが溜まり場にしているこの部屋も、彼らが揃ってお昼を食べにいっているため今日は一人である。

 安堂咲子はソファーに横になり顔にタオルをかける。本当はタオルケットを羽織りたいところではあるが部室に置いてあるそれはいつ洗ったものだか分からないということを知ってからそれに触れることを止めていた。そんな汚いものに身を包むくらいなら無い方がましであるからということは言うまでもないだろう。

 とにかくそんな状態で横になっていた安堂咲子の耳に入り口の扉の開く音が聞こえた。全員食堂に行ったのかと思っていたけれど誰か財布を忘れたのか、などと推測しつつ安堂咲子はそのままの状態で横になったままだ。タオルで顔を隠しているとはいえ服装やら何やらで横になっているのは安堂咲子だと誰も分かると思ったし、なにより直ぐに出て行くだろうと思ったからだ。

 しかし入ってきた人物は、そのまま椅子へと腰掛けたようだった。安堂咲子はしばし考える。誰だろう、これ。目を開けてみるが映るのはタオル生地のみ。仕方なく彼女は重たい体を起こした。

「あ…お疲れさまです」

 相手を確認してすぐにまた横になるつもりだった彼女がそうしなかったのは、椅子に座っていた人物が彼女の所属する部の先輩であり、もっと言うならば彼女の想い人であったからだ。平面…つまり二次元的な世界にいきる女の子が好きな、所謂オタクと呼ばれる類に属する男である。そんな彼は、椅子に座って何やらゲームに勤しんでいる。安堂咲子はほんの30分ほど前、活動に遅れて来た彼がパンを食べていたことを思い出し、あぁだからお昼はいらないのかと一人で納得した。

 なんにせよ、これはチャンスである。二人きりで話せる機会など、今までそう無かったのだ。安堂咲子は勇気を振り絞って声をかけた。

「せ…先輩」
「ん?」

 そのたった一言に彼女が赤面しそうになったのは、彼の声が予想外に優しげであったからである(──と彼女が認識しただけで、実は別にそんなこともないのだが)。安堂咲子はにやついた顔を見られまいと机に突っ伏した。

「──今度、ご飯行きましょうよ」

 うん、いいよー。なんてあまりにも軽い答えに、彼女はつい先を続けた。

「──ふたり、で。」

 安堂咲子は恥ずかしさに目を瞑る。そして「いいよ」と返ってきた声が今日一番…いや、今までで一番優しく聞こえて、彼女はもう一度赤面したのだった。



安堂咲子は恋をする
(恥ずかしくて顔があげられないよ!)


ー…

ちなみに突然机に突っ伏した安堂さんを先輩は「この娘いつも眠そうだけどちゃんと夜寝てるのかな」としか思ってません。





 

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