短編

□カラフル*キャンバス【下絵編】
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 ちらりと隣を見ると、相変わらず気持ち良さそうに眠る橋本くんの寝顔。

 色素の薄い癖っ毛がふわふわと窓から吹き込む風で揺れている。


 …キャンバスに向かったまま寝ちゃうなんて、初めて見た。


 普段は(と言っても、部活の時しか知らないけど)明るく、くるくると表情を変えて話す橋本くんは、キャンバスに向かった時だけ無口になる。


 穴が開くのではと思うくらい真剣な眼差しで真っ白なキャンバスを見つめ、何かを埋め込むような筆さばきで絵の具を塗り込んでいく。


 ――その眼差しの先に、どんな景色を見ているのか。

 あるいは、何を見ているのか。

 いつの間にか、知りたいと思っている私がいた。



「……、…ない」


「え?」


 不意に橋本くんの口から零れた言葉に、思わずどきりとする。


 …今、『たない』って、言わなかった…?


 『たない』=『棚井』


 それは、私の名字。


 …まさかね。

 寝言で私を呼ぶなんて…ましてや、さっきの言葉…。

 

「…好きだ…」


 そう、それそれ。

 そんな都合のいい寝言なんて、橋本くんが言うわけないじゃない。


 くすりと苦笑して、でもふと気付いた。



 ……今の、耳から聞こえなかった?

 
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