赤と黒

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 アンヘルが以前、敵の海賊から毒を受けてから二週間が経たないかといった頃だった。

 絶対安静二週間だったが、それより前に、アンヘルはいつもの黒豹姿で船内を歩いていた。
 キッドに見つからないよう、最新の注意を払いながら。

「おいアンヘル! 何勝手に歩いてんだ! まだ本調子じゃないだろが!」

 こうなるからだ。

 キッドのお説教はうんざりなので、アンヘルはこっそりと好き勝手している。あまりにもアンヘルが言うことを聞かないものだから、船医もすっかりあきらめている。

「だって、こんなにじっとしてるの嫌なんだよ。キッドが毎日見舞いに来るのも、不気味だから嫌!」

 そう言われて船医は苦笑するしかない。

「歩き回ってもいいが、無理は禁止だからな。飯もちゃんと食えよ」

 船医はアンヘルの自由をある程度許しているが診察は毎日欠かさない。

「……ありがとう」

 キッド海賊団は、アンヘルが思っていたよりも気の良い連中だ。

 時には残酷な一面や極端な思考を見せつけられる。
 しかし、いつもは陽気で、仲間を大切にして、居候同然の自分にも優しくしてくれる。

「……調子が狂いっぱなし」

 アンヘルはぼんやりと空を見上げてため息をついた。

 アンヘルは憎い仇である海賊団を追っている。
 その海賊団への恨みは相当なもので、名前を聞くだけで体中の血が沸騰するほどの怒りが溢れてくる。



 海賊は絶対悪でなくてはならない。



 それがアンヘルの生きる力になっている。
 むしろ、海賊に大切なものを奪われたアンヘルは、そうやって思っていなければ再起できなかったほどだ。

 海賊を憎み、海賊が悪いと決めつける。そうやって生きてきた。

 今さら自分を否定することは、アンヘルにはできない。憎い仇を討たなければ、死んでいった者達が浮かばれないと考えている。

 それなのに、このキッド海賊団ときたら、そのアンヘルの決意や覚悟を揺さぶるのだ。

「恐ろしい……」

 海賊への恨みが消えて、復讐を果たせなくなるのではないか。それが何よりも恐ろしい。
 だから、キッド海賊団に当たり前のように優しくされるのが不本意だ。

 特に印象も悪名も最悪だったキッドに優しくされるのが一番不気味で、ギャップがあって、アンヘルの心を揺さぶる。
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