【疲れた貴女に処方するのは…】
─バーボン─
何だかダルさが抜けないというか、身体に力が入らないというか…
『最近、なかなか疲れがとれないのよね……』
ぐっと伸びをしたら、身体がバキバキと悲鳴を上げた。
「今の貴女に足りないモノって、何だかわかります?」
栄養と、適度な運動ですよ
そう言ってバーボンは にこりと人好きのする笑みを浮かべた。
む。日頃から組織でも遅れを取らないようにトレーニングは欠かさないし、栄養は………うん、まぁ、そこそこ…いや、……摂取しようとは思うんだよ?でも、本業も忙しいし、潜入も忙しいしで………
なんて言い訳でしかないので、同じくトリプルフェイスで忙しい日々を送ってるバーボンにそんなこと言える筈もなく、取り敢えず笑って誤魔化した。
『あはは……』
「まぁ、まずはこれでも食べて補って下さい」
『…ブドウ?』
「えぇ、葡萄です。」
『……うん、』
「あ、今 少し馬鹿にしたでしょう?侮ってはいけませんよ。成分としては、ブドウ糖 クエン酸 リノール酸 ビタミンA ビタミンB1 ビタミンB2 ビタミンC カリウム カルシウム 鉄分 リン 亜鉛 カテキン アントシアニン レスベラトロール プロアントシアニジン タンニン ペンタペプチド…」
あれ?何かバーボンが呪文唱えだした。
途中から何語話してるのかわからなくなってきて固まってたら 頬っぺたを摘ままれた。
「ちょっと、聞いてます?」
『ふぁい…』
「はぁ……簡単に言えばその効果は疲労回復、老化防止、美肌効果、アレルギー症状の緩和等です。」
『ふぇー……ぶぁーぼんものひりれー』
「…っふ、」
『わらっへないれはなひて』
「あぁ、すみません」
零れたその小さな笑みは、いつもの作られた完璧なそれじゃなくて、少し幼げで…とても自然なものに見えた。
「種無しなので、一応皮ごと食べられますが…葡萄の皮にはレスベラトロールというポリフェノールが含有されてて、過剰摂取してしまうのはあまり良くないそうです」
言いながら彼は葡萄の皮をするりと剥いて、
「はい、どうぞ」
差し出した。
『へ?』
「ほら、腕が疲れるので早く食べて下さい」
『は、はい…』
その程度で疲れるような腕じゃないだろ、と頭では思いながらも バーボンに急かされて、そのままブドウをパクっと口にした。
歯を立てると、ジュワッと甘酸っぱい果汁が口の中いっぱいに広がった。これ、絶対お高いやつだ。
「美味しいですか?」
素直に頷けば、「それは良かった。さ、もう一つどうぞ」と、再び皮の剥かれたブドウが私の前に差し出される。
『別に自分で食べられるんだけど…』
「いいから、」
何がいいんだろう?
再び急かされて、ブドウに齧り付く。
……あ、
考え事しながらだったからか、そのままブドウを口に含めば良いのに、先に歯を立ててしまった。
零れた果汁が顎を伝う。バーボンの指先にも零れたそれが滴っていた。
「あぁもう、……下手くそですねぇ」
バーボンは、こちらに向けた視線はそのままに 齧られた残りのブドウを口に含んで指先をぺろりと舐めた。
その視線がやけに扇情的で、何故かいつもと違う色を帯びているようで、
「垂れちゃってるじゃないですか」
一瞬、反応が遅れてしまった。
『ん、っ…?!』
目の前が暗くなって、口唇に柔らかな衝撃を感じたかと思えば、顎から口唇へとぬるりとした感触が這う。
「本当に……、甘くて美味しいですね」
くすり、と妖しげな笑みを耳元に残して、バーボンはゆっくりと離れた。
『……いきなり何すんの』
「あれ?嫌でした?」
『………べつに、』
嫌ではないけど、
なんて言葉が溢れるくらいには毒されてる自覚は、ある。
悔しいけれど、バーボンの腕も認めてるし、所属は違えどもお互いに守るべきものがあって、信念を貫いて戦う者同士、何か惹かれ合うものがあるのかもしれない。いつもしてやられてる感が否めないけど。
今後、この関係がどうなるのかなんて、わからないし、もしかしたら敵対する未来も…あるかもしれない。
それでも、今……この時だけは、
ちょっとくらいこの甘酸っぱい香りに溺れてみるのも、悪くないのかも。
「素直じゃないなぁ」
その言葉にプイッと顔を背けたら、
「何余所見してるんですか」
『え?』
隣に座っていた筈のバーボンに腰を引かれて、いつの間にか私はバーボンの膝の上。
…というか、半ばバーボンを押し倒してるような図に。
『ぇえ?!ちょ、バーボン?!』
「はぁ……聞いてなかったんですか?耳付いてます?」
『え、この状態でため息つくってどういう性格してるの』
「ほら、…“今の貴女に足りないモノは?”」
『栄養と、適度な運動……』
「ちゃんと覚えてるじゃないですか」
満面の笑みで、よしよしと頭を撫でられるけど、嫌な予感しかしない。
誉められている筈なのに。
「さて、……適度な運動とは?」
『…………ん?』
「ここまで危機感が無いと逆にちょっと心配ですよ」
『はい?』
「まぁ、いいでしょう。嫌でも覚えるでしょうから」
『あの、バーボン…?……ひゃっ?!』
ぐるん、と景色が一回転して、次に目に入ったのは
「きっと明日には、ダルさが抜けてスッキリしてると思いますよ」
やけに清々しい笑みを浮かべたバーボンと、見慣れた天井だった。
『スッキリするの、バーボンだけでしょ?!!!』
「本当に?」
『え…?』
「信用無いですねぇ……。ま、明日になればわかりますかね」
『え、あの、…バーボン?えと、ちょ、…っん、』
「今更焦ったってもう遅い」
『ひぁ、っ…ん!』
そう言ってバーボンは ニヤリと今日一番の悪い顔で私の首筋に食らい付いた。
翌朝………久々にスッキリと目覚めて「ね?言ったでしょう?」とドヤ顔で笑うバーボンにちょっとドキッとしたなんて悔しいから言ってあげない。
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