彼岸島読み物

□出会ってしまった編 
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 その時、目と目が合った。
 
・・・こいつが雅・・・

 明の、刀の鞘を握り締める指先に力が込められた。

「雅っ」

 奴こそが彼岸島を変えた男、厄災の元凶であり吸血鬼の頂点に君臨する不死の王。
 ドクンと心臓が脈打った。
 直に姿を見るのはこれが初めてだ。
 明は吸血鬼に捕らわれた村人を救出するべくこの峡谷に駆けつけて来た。そして今雅と視線を交わしている。
 視線の先、雅の赤い唇の端が僅だが引き上げられた。

「・・・あいつ」

 こちらに歩を進める雅に何時でも応戦出来るようにと身構える明、だが雅のとったあまりに意外な行動に、置かれた状況も忘れて唖然と立ち尽くしてしまった。

「ふ・・」

 雅は足元に群生して咲く彼岸花を一本手折ると恐らく誰も見たことがないであろう“良い人感溢れる笑み・爽やか系”を全開にして、警戒する明の前で『彼岸花と戯れる雅様』とタイトルがつきそうなポーズを軽やかに決めた。
 そして明に放った第一声は

「交際を申し込む」

というものだった。

「え・・と」
「受け取りたまえ」

 雅の手から彼岸花を無理矢理受け取らされた明は何をどう反応すれば良いのかがわからず、困り果てて雅の顔をじっと見上げた。

・・・む!?

 明の黒目がちで煌めく星が浮かんでいそうな瞳に見つめられて、どうやら雅にも備わっていたトキメキモードのスイッチがONになる。ONになった途端、産まれてこの方存在していなかった筈のピンクでキラキラとした世界が「うふふふふ」と微笑みつつ雅を包み込んだ。そして至る所でピンクなハートが陽気に飛び交う世界の中心には、目の前の人間がウインクをしていた。

「これは一体・・」

 不可解に高鳴る胸の鼓動音を不思議に思いながら改めて目にするこの人間はやや長めのサラサラな黒髪といい、触れればきっと柔らかいに違いないほんのりと赤く上気した頬といい、とにかくもう。

『何だ、この可愛らしいイキモノは!』

 雅を困惑させた。
 明と雅の周辺ではレジスタンスと吸血鬼達の戦いが続いている。殺伐とした空気の中、しかし雅の周囲には幸せの妖精さん達が大集合をして小粋にラインダンスを踊っていた。

「お、おい」

 様子のおかしい(雅は概ねおかしいことが多いが出会ったばかりの明はそうとは知らなかった)雅を見かねて明はつい声を掛けていた。雅は明の声に反応して急接近を試みる。目視出来ない素速さで隣に立たれた明は、それでも気配を察して刀を構えた。

「雅様!」

 その様子を少し離れた場所でレジスタンスとの戦いに臨んでいた吸血鬼が目にし、雅の危機とばかりに矢を放ったがその矢は雅によって掴み取られ明は無事だった。

・・・どういうつもりだ?

 何故助けられたのかが理解できずに小首を傾げて考え込む“可愛らしいイキモノ”たる明の様子がストライクゾーンを直撃し、沸き上がるもやもや〜とした気持が雅を落ち着かなくさせた。まさか吸血王たる自分が少し(正直に言うとかなり)気になっているとはいえ人間を助けるような行動に出てしまったことも驚きだった。
 
・・・私は。

 らしくない行動。
 覚えのない不可解な感情。

・・・これはもしや人間共が私を倒すべく何かを開発したのか!

 この体の変調から推測するに吸血鬼に効果のある細菌兵器だろうかと結論付けた雅は、明を見据えた。

・・・まさかこの人間がそうなのか、あれか“可愛らしいイキモノ兵器”だと・・体からナニカを耐えず放出して私をもやもや〜とさせる、だとすれば何と恐ろしい兵器だ・・・

 目の前の人間のことを考えると心臓が鼓動を速める。見つめる時間に比例して胸の高鳴りは激しさを増し動悸息切れ果ては不整脈までおこしながらも、雅は表向き平気な表情を取り繕っていたが内心は非情に焦り“可愛らしいイキモノ兵器”からどうにか視線を逸らせた。
 それでも体調の異常は一向に治まろうとしない。

「あの」

 雅が一人で何やらぶつぶつと呟く様子に耐えかねた明に再び声を掛けられて、一転ほんわかとした気分が心に広がっていく。
 可愛らしいイキモノは声まで可愛らしくて、容赦なく雅の心を揺さぶった。
 やはり恐ろしい可愛らしいイキモノ。

「いかんっこうなったらあれしかない」
「な、何だよ」

 雅はその大変個性的な衣装の上着ポケットからホイッスルを取り出すと、形の良い唇に押し当て軽く息を吹き込んだ。
 高く鋭い音が辺りに響き渡る。
 雅はもう一度息を吸い込んだ。

「よし、全員集合したまえ!」

 ホイッスルの音と通りの良い雅の声に吸血鬼達は咄嗟に顔を上げて反応した。

「ちょっとマジですか!」
「ええ〜っっ今忙しいんですけど雅様」
「俺もですっ丁度人間に斬りつけられてて都合がつきませんっっ」

 口々に吸血鬼達は訴えた。
 しかし

「あと10秒」

 雅は無情にも言い切った。

「って聞いてないし雅様っ」
「もう〜我が儘なんだから雅様はっっ」
「おおいみんなっ仕方ないから集合しようぜ」
「やばっあと5秒だぞ!遅れたら雅様が拗ねるから急がないとっ」
「そっちの奴、走れよ!」
「雅様ってほんとマイペースだよなあ」

 ぶつくさぼやきながらも集まった吸血鬼達は雅を中心にして三角座りをしながら、続く指示を待った。驚くことに後方には吸血鬼達と同じように三角座りをする邪鬼の姿まである辺りは、さすが吸血王といったところだろうか。

「・・・・・・」

 雅は集まった吸血鬼達を見渡すと一旦口を開きかけたのだがすぐに閉ざすと、そのまま地面にしゃがみ込んで足元の雑草を抜き始めた。

「お、おいあれって何の合図だよ」
「今日のは難易度が高いな」
「一緒に草むしりをしろってことかな」
「いや、多分・・なんだけど、もじもじされてるんじゃないか」
「もじもじ!?」
「馬鹿、雅様がもじもじなんてするわけないだろ、真っ裸になってニヤニヤしてることはよくあるけど」
「ああ、あるある」
「あるよなあ」
「あれはきっと新作の小ネタを思いついて、俺達にまず披露するか素人名人会に出場するべきかを考えてるんだよ」
「なるほどな」
「といよりはむしろ、雅様のことだから斧神様を相方に漫才デビューを狙っているんだと思う」
「お笑い界をも支配されるつもりだったのか!?」
「雅様が支配するものを選り好みするような心の狭い方のわけがないだろう」
「さ、さすがです雅様っ」

 デビューは何時だとざわめく吸血鬼達を前にして雅は漸く気持の整理がついたのか、立ち上がると口を開いた。

「私は先程運命の天使を見つけた」
「・・・・・・」
「・・・・・・」

 静まりかえる吸血鬼達。
 その一言には長年雅の部下を続けた結果、もはや大概の事には動じなくなった吸血鬼達も額に汗を浮かべて互いの顔を見合わせた。

「・・・天使って」
「天使、かあ」
「なあ雅様新鮮な血が足りなくなってるんじゃないか」
「もしかして雅様、ま、また妙な生物の血を飲んじゃったんですか」
「先日耳からサボテンが生えてきたって大騒ぎしたばかりじゃないですかっ」
「今度は鼻から椎茸が生えてきても知りませんよ」
「実はもう生えてるとかいうオチじゃないでしょうね」
「失敬だなお前達は」

 あまりの言われように(事実が含まれているので余計に)立腹した雅は、取り敢えず手近に転がっている岩を吸血鬼達めがけて投げつけ気を静めた。

「痛っっもうっ癇癪を起こすのはやめて下さいってば」
「お前達が私の話を聞かないからこうなるのだ」
「聞かないからって・・子供ですか。もうわかりました、で、その運命の天使は何処に居るんです」

 雅は少し恥じらってみせようかと思ったのだが、吸血鬼達とおまけに邪鬼までもが額に怒りの青筋を幾つも浮かべているのをみてやめておいた。
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