彼岸島読み物
□朝御飯編
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『明ー!!』
スパーンッと勢いよく襖を開けて入って来た人物に明は手にしていたお茶碗を取り落とし、しかもその人物があまりに意外な相手であったため咀嚼中の米粒を盛大に吹き出してしまった。
「明っっ」
「なっ、あ、あんたは!?」
続けるべき言葉をみつけれずに相手をみつめる。
彼岸島のとある日の早朝、レジスタンスの集う村の一室で御飯を食べていた明だったが和やかな食卓の風景は数分で脆くも崩れ去った。
「明っっっ」
「ちょ、ちょっと待てっ」
突如現れた男はちゃぶ台の前に座り固まる明の手をそっと握ると抵抗がないのをいいことにギュッとばかりに抱き締めてきた。
あまつさえ項に鼻を寄せて明の匂いを堪能しているようだ。
端正な顔をした男だ。
行いはアレだが男前だ。
切れ長のその瞳は深紅、白い髪はさらりと額にかかり通った鼻筋、形の良い眉と、文句ない美形である。
ただ一点、口元から覗く鋭利な牙がなければだが。
・・・吸血鬼。
明達人間の敵であり、男はその頂点に君臨する不死者、名を雅という。
「なっ何しに来たんだよお前っ」
人間最大の敵、雅の体をぐいぐいと押しやりながら明は漬け物を箸で摘んだ。
「俺、朝飯食べてるんだけど」
言外に『邪魔だから帰れっ』とばかりに雅を睨み付ける。
だがそんな仕打ちには全くへこたれずに雅は箸ごと明の手を握り締め・・・凄まじい目つきで睨まれたので皿の上のだし巻き卵を摘むと明の口へキュッと詰め込んだ。
「お前の食事を邪魔したかったわけではないのだ」
「ほほう」
「ちょっと嘗めたり撫でたりしようと思ってはいたがね」
「帰れ」
「・・・明が冷たい」
「俺がお前に暖かかったことなんてあったっけ」
自らに都合の悪い言葉はスルーした雅はじっと明の目を見つめた。吸血鬼でちょっと(かなり)アレな相手ではあるが、結構・・いやかなり男前ではあるので見つめられた明は少しばかり居心地が悪い。結構睫毛が長いな等と見とれてしまう。そんな内心を誤魔化すように握られてはいない方の手で雅の頬を引っ張ってみた。
「はひら、ほほしてはいひんわらひほ」
聞き苦しいので手を離してやった。
「・・・。明、どうして最近私を付け狙ってこないんだ」
「・・・どうしてって言われても」
真剣に訪ねてくるぶん質が悪い。今更だが雅は吸血鬼の頂点である。明は雅を倒すために強くなった。よって機会がある度雅を倒すべく向かっていったのだが、何をどう間違えているのか襲撃で顔を会わす事を雅はとても喜ぶのだ。つい先日などは明は別の意味で襲われそうになった。
「明が一日一回は斬りかかって来てくれないと毎日が虚しくて堪らないのだよ」
・・・俺だっていろいろ堪らんわっっ・・・
怒鳴りつけたいのをぐっと堪えて明は気持を落ち着けようと深呼吸を繰り返した。
この雅という吸血鬼は襲撃が二日以上空くと必ずこうしてやって来るのだ。敵の本拠地へたった一人で、当たり前のような顔をして。そうして明へ過剰なスキンシップをして帰って行く。
正直、迷惑だった。
「雅」
「うん、なんだい」
「一つ約束してくれたら行ってやってもいい」
箸を置いてまだ抱きついている雅を軽くグウで殴ってから畳の一点を指さした。
「まずそこに正座」
言われた雅は慌ててちょこんと正座をした。今明に逆らえば口もきいて貰えなくなることを経験上知っていた。こんな不死の王の姿を配下の吸血鬼が知れば目頭を熱くして泣いてしまうのではないだろうか。
「いいか」
以下、明の要求が述べられる。
「俺が行く度に口説くな!抱きつくな!はしゃぐな!」
「一つではないではないか」
「ああ?」
「い、いえ何でもありません」
明の迫力に一度は負けた雅はしかし、何とか復活して訴えた。
「抱き締めるのは駄目でも触れるのはいいんだな?」
「そんなわけがあるか!」
額に青筋を浮かべた明の即答に、雅は優雅にふっと笑って答えた。
「守れない約束はできかねる」
思い起こせば初めての襲撃は何時だったろう。
日本刀を片手に斬りかかってきた明と初めて出会ってから、それなりに刺激はあったが何かが物足りなかった雅の日常は一変した。
そう、色に例えるならピンク色の世界へ。
明の一刀を鉄扇で受け止めた日の夜はドキドキと高鳴る鼓動がうるさくて一睡も出来なかったことを思い出す。(心臓をえぐり出してみたがドキドキは止まらなかった)それ以来寝ても覚めても吸血中も明のことで頭の中は一杯で、何度か邪鬼の制御を誤り死にかけたこともあった。
雅は明に一目惚れしたのだった。
数百年を生きて初めての恋愛体験。
どこぞの乙女のように、明が襲撃にやって来ないとつい不安になってこうして単身会いに来てしまう。誰にも内緒だが雅の自室には《等身大・激可愛!明うっふんポスター》なるイタイ代物が貼られている。
「・・・好きだ、明」