彼岸島読み物
□ワクチンを取りに行こう
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某月某日 明が怪しい吸血鬼に風呂を覗か
れる。
・・・奴だ。
某月某日 下着が盗まれたので明が涙目に
なる。(胸がキュンとしたわ)
・・・あいつね。
某月某日 あたりまえという顔をした例の
吸血鬼に、昼寝中の明が添い寝をされてしまった。
・・・あの野郎は何処にでも現れるな。
彼岸島のとあるレジスタンスの村の一角で師匠、ケン、ユキの面々は互いの情報を交換していた。
「一連の出来事からもわかると思うけど残された時間はあまりないよね」
ユキの発言に師匠とケンが頷き返す。
「風呂覗き、下着の盗難、添い寝・・あいつの行動が段々大胆になってきてる。このままじゃ明が口では言いにくいところに“生タッチ”されるのも時間の問題よ」
「あの野郎っ添い寝までしやがって!俺だってまだしたことないってのによう」
「わしもだ」
「私もしたことないわっ」
明に添い寝。
それは想像するだけで、群れをなした幸せの妖精さん達とお花畑を全開の笑顔で、鼻歌なんぞを歌いながら駆け抜けるような気分になるであろう魅惑の行為だった。
あの(どうしたらいいんだろう的な可愛さの)明と、
あの(調子に乗ったらバッサリ斬られそうなんだけど可愛いからいいかな)明との、
『添い寝』
・・・明の意外に柔らかな髪に寝癖なんてついてたりして。
ユキの鼻から水道水の如く鼻血が流れ落ちた。
・・・「ん」とか言ってすり寄られたらどうするんだよ。
ケンの鼻から花火の打ち上げのように鼻血が吹き上がる。
・・・浴衣の胸元がはだけてあの辺りがチラ見えしたり。
・・・師匠の目からナイアガラの滝もびっくりな量の血涙が滴り落ちる。
穏やかな早朝の村の一角で、三人は地面に血だまりをつくりながらしばし妄想の世界に旅立っていた。
もの凄く嫌な光景だ。
きっと事情を知らない村人が目にすれば腰を抜かして言葉を失うに違いない。
「野郎・・雅を今すぐ倒さないと」
「うむ」
「明が秘密な場所に生タッチされる前に」
「でもどうする雅は不死だろう、明への生タッチを防ぎきれるかどうか」
「こんなときこそ五○一ワクチンじゃ」
師匠の言葉にケンとユキが目を見張った。
五○一ワクチン、かつて五十嵐中佐が雅の
『底知れぬアレな感じ』を危惧し部下に作らせたという別名“雅のアレな感じを一時的に緩和しちゃうぞワクチン”。
「そんな凄いワクチンがあるのかよ?」
「ああ、あのワクチンがあれば幾ら雅であろうと大人しくなるはず」
「そうね体の成分の9割強が“アレな感じ”で出来てる雅になら絶大な効き目がある筈よね」
「決まりじゃな」
「よし今からワクチンを取りに行こうぜ!」
三人は鼻と目からの出血をそっと拭うと五十嵐部隊の研究所跡を目指すべく村を後にした。
その頃雅邸では吸血鬼化をしたわけでもないのに何故か居着いている篤を前に、雅が落ち着きなくうろうろしていた。
「ふっ、私が近くの草むらに潜みきき耳をたてていたとも知らず」
「暇なんだな雅」
「・・・。奴等は五○一ワクチンを取りに行くらしい」
「あ、無視したな」
「篤」
雅は白い頭髪に絡まった雑草を優雅な動作で取り除きながら篤に微笑んでみせた。
「私のためにワクチンを奴等より先に手に入れて来るんだ」
吸血鬼の頂点たる者としての威厳を込めて言った一言だったのだが、篤は怯むことなく即答した。
「面倒臭そうだから断る」
「な・・・待て篤」
「俺は忙しいんだ。帰るからもう呼ぶなよ」
さっさと出て行こうとする篤を雅は慌てて引き留めた。
・・・くっ篤めっ私は不死の王なのにっっ・・・
本来誰からも畏怖される身としては情けない話だが相手は篤、何と言っても雅が恋してやまない明の実の兄なので大きくは出れない。どれだけ大きく出れないかというと、勝手に屋敷に居候されて贅沢な料理は飲み食いされるわ、機嫌が悪いからといって八つ当たりされるわと散々な目にあっているというのに、家賃すらとれないのだ。
だが雅だって(今現在はどうか悩むところだが)人の子。篤に逆らってお兄ちゃん大好きっ子の明に嫌われたくはない。