彼岸島読み物

□ふたり
1ページ/2ページ

 最近ご無沙汰だったが明と雅は戦っていた。ことの起こりは昨夜、ハートマークのやたらファンシーな封筒がレジスタンスの集まる村、明の住まいに届けられたのが発端だった。

「罠だって明っ」
「う、ん・・」
「だいたい文面が『明日洞窟で待ってます。明のダーリン雅より』って何だこりゃ!?」
「う、ううう」
「ねえ、行くのやめたら明」

 明も行きたいわけではなかったが“打倒雅”はこの彼岸島に滞在する一番の目的だったため、仲間の心配する声を背に出かけることに決めた。


「明、おいで」
「うるさい雅!わざわざ呼び出しておいて、真面目に戦えっっ」
「私はいつでも大真面目だよ」

 手にした鉄扇を瞬時に閉じると雅は刀を持つ明の手を、骨折等しないよう細心の注意を払って一打ちした。なんと言っても明は人間なので吸血鬼である雅の腕力を加減無く振るってはすぐに怪我をさせてしまう。
 鈍い音と共に刀が岩間に転がり落ちた。

「つっ」
「刀を失っては勝負にならないか」

 痺れの残る手首を軽く振って明はきつい眼差しを雅に向けた。雅の余裕さえ伺える態度が酷く勘に触れた。
 一方夜目の利く雅の目には明の様子がはっきりと見えていた。痛みからかもしくは雅に不覚をとったことへの悔しさからか、幾ばくかの光さえ浮かべて潤む明の瞳。眦を僅かに赤く染める明はそれはもう可愛らしくて、雅の《明ハアハア度数》は軽く臨界点を突破していった。
 
・・・明それは『俺もう・・雅になら何をされてもいい』ということだな。

 《明ハアハア度数》の上がった雅は日常的な習慣の《明妄想》にも磨きがかかっていた。最近は幻聴すら聞こえているという噂は間違っていなかったようだ。

「明」

 雅が一歩明に近づく。

「く、来るなっ」

 戦いの中感じる殺気とはあきらかに違う危機感を覚えて明は同じだけ一歩後退した。
 こちらを見つめる雅の眼差しは仇敵に向ける類のものではない、あれはまるで・・あれではまるで・・・。

「止まれ雅っ」

 何故雅があんな目で自分を見るのかが明にはわからない。
 また一歩雅が近づく。
 わからない?
 違う。
 わからない様にしてきた。
 わかってはいけないから、だから。

「どうした・・もう逃げないのか」
「う、うるさい!」

 また一歩。
 追い詰められていく明は突き出た岩につまづいて体勢を崩し尖ったその上に倒れ込みそうになり、直前で伸ばされた雅の腕に助けられていた。ほっと息を吐く暇もなく今度は腰に回された腕によって雅に捕らえられてしまう。

「お、おいっ」
「明」

 耳元で名前を囁かれる。
 高くもなく低すぎることもない男の声と吐息が耳朶をくすぐった。血臭がするのかと思ったその息は意外にも甘い香りがして、抱き締められた胸元は温かくて・・相手は人間の敵である吸血鬼の頂点雅だとわかってはいても、明は拘束されることにどこか安心している自分を自覚し愕然とした。そんな自分を認めたくはなくて何とか逃れようと、雅の腕という檻から抜け出ようともがき続ける。
 それは、簡単にいなされてしまうのだけれど。

「離せ雅!」
「ふ、そんな勿体無いことはしたくない」
「な・・俺を馬鹿にしてるのか!?」
「私は君を馬鹿にしたことはないよ」

 雅が明の体をより強く抱き寄せた。

「あ・・・」

 拘束の心地よさに心が浸食をされないように、明は雅の手の甲に爪を立てる。そんな小さな抵抗すら愛しくて雅は赤い瞳をすっと細めると見た目よりもずっと柔らかな明の黒髪に顔を埋めた。

「雅っこらっ」
「良い匂いだ」
「な、ななっそういうのはセクハラだって何度も言ってるだろうっ」
「もう少しだけだ」
「駄目ったら駄目だ!だ、だいたい俺は敵なんだぞ」
「そのようだ」
「お前と同じ男だし!」
「・・・それは駄目なことか?」
「普通は・・そうだよ」

 語尾が小さくなる明の声、雅は明の頬に唇で触れると笑みを含んだ声で囁く。

「私は普通は嫌いだ」

 言って明の顎のラインを指先で撫で上げると、雅は調子に乗るなと頭突きをかまされた。
  
「このっセクハラって言っただろうっ」
「減るものではないだろうに」
「・・・何か言ったか」

 これ以上明を怒らすのもどうかと思い雅はそれこそ嫌々、未練たっぷりに明を抱き締めていた腕を解いた。
 
 こうやって二人きりで戦うのは久し振りなのに。
 明は男女問わずにもてる割に警戒心に欠けているから、心配で心配で堪らないのに。
 最近は明に施された“対雅包囲網”も厳重になり簡単には会いに行けなくなったのに。

・・・今日は丸眼鏡の妨害だってないというのに・・・

 雅は適うなら一日中明とイチャイチャしたかった。そこに明の賛同がなくとも。
 明の温もりが離れた胸元がやけに冷たくて、雅は明の様子を伺うと徐々に距離を詰めていき明の手を握り締めた。指を絡めて、しかしそれ以上何をするわけでもなく。
 手を繋ぐくらいは許して欲しいと思いながら。

・・・何をやっているんだ、私は。

 雅は吸血鬼の頂点に君臨する不死の王だ。
 雅に命令できる者も、雅が気を遣う対象も今までは存在していなかった。
 全ては雅の思うがまま、そう、少し前まではの話だけれど。
 他者に対しては好き放題なことをしてきた、性に対するモラルも何も持ち合わせてはいなかった。
 そんな自分が、幾つも年下の人間に、敵で、男で、そんな相手に、
 そんな相手の手を握るだけでどうしてこうも緊張するのか。
 胸が熱く感じるのか。
 この時間がこんなにも楽しいと思えるのは何故なのだろうか。

 明は手を繋がれた瞬間ビクリとして雅を見つめたが、雅が緊張していることがわかってしまい振り払うことができずにいた。

・・・何なんだよ雅の奴・・・

「・・・・・・」
「・・・・・・」

 二人は何も話さず、だが手は繋いだまま天井から染み出す水滴が岩を打つ音を聞いていた。
 人間と吸血鬼。
 それぞれを代表する立場の明と雅。
 岩間に転がったままの刀を目で追って明は傍らの雅の顔をこっそりと見上げた。
 端正な容姿の吸血鬼がここに居る。額にかかるのはさらさらの白い髪、白い肌、吸血王は視線に気付いて透き通るような赤い瞳に明を映した。

「どうした」
「あ、べ、別に」

 目を奪われていた。
 この綺麗な男に見とれてしまった。

「ふ・・む」
「何だよっ」

 明は波のように広がる不可解な胸のざわめきを悟られないように努めて平静を装う。
 雅はほんのりと頬を赤くしている明に、熱く疼く胸の痛みを感じていた。明と出会ってからは頻繁に去来する痛みを確認するように、絡め合う指先にそっと力を込めた。
次へ

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ