彼岸島読み物
□ピクニック編
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その日の彼岸島は心地良い風が時折吹き抜けていく絶好のピクニック日和だった。ここのところ吸血鬼達にも目立った動きはなく、気分転換にもいいだろうということで明は仲間を誘い川辺に出かけることにした。
「けっこう大きな川だよな」
上着を岩場に置いてシャツ一枚になり流れ水に両手を浸した明が嬉しそうに言う。途端、辺りにはバーチャルなお花が咲き乱れ、ピンクのハートが飛び交い、幸せの妖精さん達が輪になって踊り出した。
・・・い、いかん。
そんな脳内妄想ワールドを頭を振って打ち消した斧神は、腰蓑に隠し持っていた水筒を取りだしカップにお茶を注ぎ入れた。
「明、田中さん、お茶でもどうだ」
「ありがとうございます」
「茶菓子も腰蓑の中に吊して持ってきたぞ」
「これはどうも頂きます」
「って、ちょっと待ってくれ」
「何だ明」
明はこの川辺に着いてから言おうかどうしようか迷っていた言葉を目前の二人に告げた。
「・・・田中さんはまだわかる。わかろうと努力すれば一緒にピクニックへ行くなんてこともありかと思えなくもない。だけどっ」
「だけど?」
明は思いきって斧神を指さした。
「どうして斧神とピクニックに来てるんだ」
「そういえば・・・」
田中は今気付いたとばかりに目を見開き、その衝撃から数少ない衣類である腰のタオルを川に流してしまい代わりにちぎり取った大きな葉っぱをデリケートゾーンにくっつけてみた。
「答えろよ斧神」
「明・・」
斧神は水筒と茶菓子を再び腰蓑の中にしまい込むと晴れ渡った空を一度見上げ、その後明に視線を戻した。
「お前がピクニックに行くと知った篤に脅さ・・いや、一緒に行くよう脅迫・・い、いや頼まれたのだ」
そう言う斧神の山羊マスクは、よく見ると一カ所削り取られたように十円ハゲが出来ている。
「篤さんはやはり只者じゃありませんね」
「ああ。俺は今日は振替休日だったのに寝込みをたたき起こされてな」
「でも俺がピクニックに行くだけでどうして兄貴は」
「明、お前はまだこの島の恐ろしさをわかっていないようだな」
斧神はそっと川の中央に突き出ている一際大きな岩を指で示した。指先を追って明と田中が見たものは。
「あれはっ」
「ひ、ひいいいいいっっ」
「わかってくれたか」
岩の陰からは、吸血鬼の頂点に君臨する雅がこっそりとこちらを覗いていた。
「あいつ、どれだけ暇なんだ」
「しっっ気付いていない振りをするんだ明、気付かれたと察した途端に雅様はどんな手をつかってでもピクニックにまざろうとするぞ」
「やっぱり暇なんだな!?」
「あれで意外に寂しがり屋なのだ」
「斧神さん、雅が手を振ってますよっ」
「・・・うむ、きっと手が痙攣をおこしているんだろう雅様も年だからな、気にするな」
「でもさっきよりもこちらに近づいてますよ」
「気のせいだ」
「で、でも川を泳ぎ始めましたよっ」
「それも気のせいだ」
「クロール!と見せかけて犬かきですっ」
「激しく気のせいだ」
「ああっ今河原に上陸をっ」
「目の錯覚だ」
篤により『明を楽しいピクニックでリラックスさせよう計画』の責任者に勝手に任命された斧神は、明を田中と挟むようにしてレジャーシートの上に座り込むと、やはり腰蓑に吊していたお手製のおにぎりを取りだし二人に手渡した。
「具はたらこと鮭だ」
「・・・・・・」
取りだしてきたところはアレだがそれでも美味しそうなおにぎりを前にして、だが明と田中は無言のまま手を伸ばそうともしない。何故なら斧神の背後からこちらを凝視する雅が気になって仕方がなかったからだ。
雅は斧神の背後から何をするでもなくじっとこちらを見つめ続けている。途中髪から滴る水滴が気になったのか、背負ったリュックからバスタオルを取り出すと頭から被った。 そのバスタオルは、黄色いヒヨコさん柄だった。
「斧神」
「ん」
「いや、何ていうかその」
「いいか明、俺の後ろには誰もいない」
雅は斧神の背後から尚もじーっと明と田中を見つめている。ついでにヒヨコさん柄のバスタオルも気になって仕方がない。
「お、斧神っ」
「誰もいないよな」
「えっ」
「なっ」
よく見ればおにぎりを持つ斧神の手は震えていた。明は斧神の必死さを感じ取り、
「お、おう!」
そう答えるしかなかった。
それから数分がたち何とも微妙な空気が漂う中、田中は斧神の山羊マスクの至る所にサワガニを乗せ続ける雅に恐怖していた。
・・・どうしてサワガニなんだろう!?
だが吸血王の行動に意味などない。
「どうした田中さん、楽しんでいるか」
田中の視線に気付き、サワガニにたかられつつも斧神は再び腰蓑から水筒を取り出すとお茶を手渡してくれた。しかし雅は横からカップを奪い取ると、田中の隣にぴったりとくっつき一気にお茶を飲み干して見せた。
「ひいいいいいっ」
「いい飲みっぷりだな田中さん」
あくまで雅を居ないものとする斧神の言葉に、当の雅はまたせっせと捕まえたサワガニを山羊マスクの上に乗せ始めた。
「あ、あああ・・・」
「しっかりするんだ田中さんっ」
「あ、明さん、私はピクニックは今回が初参加なんですが、ピクニックってこういうものなんですか」
「それは・・」
明は言葉に詰まり問いかけを無視した。
「・・・・・・」
「・・・・・・」
「・・・・・・」
沈黙が続く中、時折明達の周囲をウロウロする雅がサワガニを捕まえる音だけが辺りに響いていった。
すでに斧神の山羊マスクはどちらかというと『サワガニマスク』と化している。
・・・くっ雅、一体どれだけのサワガニを斧神に乗せるつもりなんだ・・・
明がそう内心で呟いた直後さすがにサワガニ捕りにも飽きたのか、雅は斧神に向かって今度は捕まえたサワガニを投げつけ始めた。
言葉で表すと、
サワガニ
サワガニ
でっかいサワガニ
サワガニ
たまに岩
サワガニ
超特大サワガニ
サワガニ
間違えて川エビ
サワガニ
と、いった感じだ。
「斧神、田中さん、雅の自由(すぎる)行動に負けるわけにはいかない!」
「や、別に勝たなくてもいいのでは」
「ここまで来たらピクニックを最後までやりとげようぜっ」
「よく言った明」
明と斧神とあまり乗り気ではない田中は荒い息を吐きながらピクニックのメインイベント=バーベキューを決行することにした。
焚き火を起こし鉄板の代用として斧神愛用の斧を使用する。鉄串に刺した肉や野菜が焼き上がるのを見つめる輪の中に雅も入り込んでいた。
「明さん、私はもう駄目です」
間違いなく嫌がらせで雅に頬をぴったりとくっつけられている田中が真っ青な顔で訴えるのに、明は力強い口調で即答した。
「田中さんソレは“ちょっと人懐こい通りがかりの吸血王”だ。ただの人懐こい吸血王だから心配いらないよ」
「明さん・・」
「そうだとも、もしくは“ちょっぴりドキドキな不自然現象”だと思えばいい」
「斧神さん・・」
田中の頭上では雅が乗せたサワガニが爪を振り上げていた。