銀魂(長編)

□路 5話
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「新ちゃん、ごめんね」

出かける新八を部屋から見送り、妙は呟いた。

弟が心配してくれている事は、よく承知している。

そして、出来ればそれに応えて早く元気になりたいと自分でも思ってはいる。

でも、如何しても如何しても駄目なのだ。如何しても心が付いて来てくれない。


自分でも九兵衛の存在がこんなにも大きなものだったとは気付いていなかった。

もちろん傍にいてくれた時から大好きだったし、とても大事に思っていた。

離れる事なんて考えてもいなかった。


だが、実際に九兵衛がいなくなってしまって気付いたこの感情は、『好き』などと言う言葉では言い表せないくらいの大きなものだった。

まるで半身が切り落とされてしまったかのような痛みすら感じる。

それに自分がいかに今まで九兵衛に甘え通しだったのかもハッキリ分かってしまった。


九ちゃんはどんな時でも私を愛してくれていた…。

例え何をしてくれなくても、ただ傍にいてくれるだけで安心できた。

その安心感の中には愛しか詰まっていなくて、それをずっと肌で感じ取っていられた。

私はただ、その安心感の中に浸っていただけで、自分から九ちゃんに対して何かしてあげていただろうか。


それどころか、自分の為に怪我をしてしまった九兵衛の左目の事をいつまでもクヨクヨと気に病み、九兵衛本人から慰められる始末だった。



―もしかしたら九ちゃんは、こんな私に愛想を尽かしたのかもしれない。

実際に視界を失ったのは九ちゃんなのに、その原因となった私を自ら慰め続けるなんて、馬鹿らしくてやっていられないと思われても不思議はない。

だったらそんな過去の事なんて何も知らない人たちの中で気楽に過ごした方が、九ちゃんにとっても何倍も楽なものになるに違いない。

おまけに彼女は自分では気付いていないけれど、とても魅力的だ。

今までは男の子の成りをしていたけれど、キチンと女の子の格好をすればすれ違う男が振り返るほどの美貌の持ち主だ。

もちろん、今のままの男の子としてだってそうだ。

女の子達は九ちゃんが本当は女の子だなんて誰も知らないから、当然普通の美少年だと思っている。

街を二人で歩いていても、よく手紙を渡されたり、プレゼントを渡されたりしていた。

全部、丁重にお断りしてくれていたけれど、それだけモテていた事に変わりはない。



もしかしたら、今、この瞬間にだってもう新しい彼女がいるかもしれない…。

九ちゃんを支え、癒してあげる事が出来る彼女が。

あれだけ優しくて強くて綺麗な九ちゃんを女の子達が放っておくわけがないもの。



妙の目に涙が浮かび上がってきた。

もう枯れ果てたと思っていた涙がまだ出る事にも驚いたが、この激しい胸の痛みにも驚いた。

九兵衛に別の彼女が出来るかもしれないと思うだけで、こんなにも苦しい。

でも、そう遠くない未来。

九兵衛が自分の元には戻らないのがハッキリしている以上、いつか必ずやってくる瞬間なのだ。




―その時、妙の中で一本の糸が切れた―

もう、こんなに苦しい思いをするのは沢山だ。

今だって悲しみ以外の感情はないんだもの、いっそ全ての感情が無くなってしまえばいいんだわ。

何も感じなくなれば、楽になれる…。





妙は覚束ない足取りで自室を出て行った―。





5話・完  次話へ続く
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