銀魂(長編)
□路 1話
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―僕は今まで何度見てきただろう
君の笑顔が曇る瞬間を…
夜中にうなされる君を…
申し訳なさそうな瞳を―
「お妙ちゃん、12番テーブルにご指名入りました!」
―此処はスナックすまいる―
いつものように出勤し、同僚と共に支度を終えたばかりの妙に指名が入った。
「あら、早速?」
今日はどんな客だろうか。いつまで経っても指名が入った瞬間は緊張する。
こう言う店なのだらか仕方ないのかもしれないが、客によっては、あからさまに誘って来たり、隙あらば体に触ろうとしたりする男も多い。
そう言ういやらしい客にはどうしても反射的に鉄拳をお見舞いしてしまう…。
必ず後でオーナーにはお客様なのだから、多少は我慢するようにと注意をされるが、反射的な行動なので自分でもどうしようもない。
「変なお客様じゃなければいいんだけど…」
内心溜息を付きながら、指名された席へと向かう。
本当はこの仕事も自分に向いていないのかもしれない、と思う事もある。
けれど、今の自分にはこれしか出来ない。
父上が作ってしまった道場の借金返済や新八との生活費を考えると、どうしてもある程度の金額が必要だ。
そこら辺の売り子をやってしのげる額ではないのだから…。
どんな仕事にも我慢は必要なんだから―。
と、自分に言い聞かせて、営業用の笑顔を振り撒きながら客席へ向かう。
「―あら…」
そこにいた客は―
「東城さん…」
九兵衛の世話役とかで、常に彼女の近くにいる男だ。
当然、妙とも面識があった。
いささか過度の心配性な面があり、九兵衛に付きまとい本気で彼女には煙たがられている。
しかし、妙と九兵衛が二人で居るところを邪魔されるという野暮な真似をされたことは一度も無いし、二人の関係についても何も言わないので、妙としては嫌いな相手ではなかった。
根は良い男だし、九兵衛から聞いた話では剣術の腕も相当なものらしい。
「お久しぶりです。お妙殿」
相変わらず、開いているのか閉じているのか分からないような細目でこちらを見て、微笑んでいる。
「珍しいですね、東城さんがこちらにお見えになるなんて。お一人ですか?」
聞きながら東城の隣に腰を下ろす。
「ええ、まぁ。ちょっとしたお使いを頼まれましてね」
「お使い?」
「ええ。若からあなたに、と」
「九ちゃんに?…」
そこまで聞いてドキリとした。
そうだ。この男が動く以上、それは全て九兵衛に関係のある事に決まっているじゃないか…。
「九ちゃんがどうかしたんですか?病気とか怪我をしたとか?!」
気色ばんで詰め寄ると
「いえいえ、ご心配なさらずに。若はピンピンしておられますよ」
「そう…良かった」
それを聞いて少しホッとしたが、今度は疑問が湧き上がる。
「じゃあ一体、九ちゃんから何を頼まれたんです?」
東城は相変わらず涼しい表情のまま
「若より手紙を預かって参りました」
そう言って袂から分厚い手紙を取り出し、妙の方へ差し出す。
「…手紙…?」
今度はドキドキが止まらない。
どうして九兵衛から手紙が?何か用事があるのなら直接自分で来ればいい。
いつもの彼女なら妙に関することで、他人に何かを頼むなど有り得ない。
だから先程も咄嗟に彼女が動けない状態にあるのかと思ったのだ。病気か、怪我か、と。
「どうして、わざわざ手紙なんて…」
と言いながら、受け取った手紙を開封しながら東城に問い掛ける。
チラリと東城を横目で確認してみても、先程と変わらない様子で微笑んでいる。
どうやら妙が手紙を読むまでは口を開く気がないらしい。
読んでみれば分かることだわ…。
そう思い決め、開封した手紙に目を落とす。
そこには見慣れた几帳面な文字が、ぎっしりと並んでいた。
1話・完 次話へ続く