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□【EVIL's RHAPSODY】プロローグ
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【EVIL's RHAPSODY -邪悪ナル狂想曲-】
《プロローグ》





「はぁッ、はッ、はァッ……!」


――寂れた商店街のアーケード。
電気すら付けるのも惜しいと言うように、消えかかった電灯だけがそこを照らす唯一の明かりだった。
辺りには、嘗ては夜の街に栄えたであろう店の看板や、飲み散らかされた酒缶の跡、食べ残した弁当の殻が散らかっている。
人々の記憶から忘れ去られたその場所に息を切らせた女が、走りながら辿り着いた。
メッシュの入った髪と、ラメやメッキで輝く煌びやかな衣装。
恐らくは、夜の街に飛ぶ蝶の類だろう。
明かりの下なら映えるであろうその姿は、闇では何の輝きも持たなかった。


「――ッ、ごほッ……! ッは……」


女は暗闇の中に壁を見つけると、そこに凭れた。口からは相変わらず荒い息を吐き出している。時折混じる咳が、静寂の中に響いた。
そして、落ち着かない様子で辺りを一頻り見回すと脱力し、その場にへたり込む。
額には、夜蝶にあるまじき脂汗。化粧を施して磨きを掛けたであろうその美貌も、今ではまるで見る影もない。
――何者かに追われている。女の容態は、そんな雰囲気を醸し出していた。

女は再び周囲を見渡すと、大きく息を吐いた。荒かった呼吸も、少々だが静まる。
その時――ふと、何かが掠れるような音がした。


「――――ッ!?」


女は反射的に身体を震わせ、周囲に目をやる。しかし、そこには何もない。
ただ夜の闇が、廃れた空間を包んでいる。


「…………ッはぁー……」


再び大きく息を吐く。
そして、なるべく音が立たないよう身体を縮め、頭を抱えた。
勤め先の店での役目を終え、外に出た時から、この悪夢は始まっていた。
背後から感じる『誰か』の視線。
走っても走っても付いてくる、『誰か』の足音。
振り向いても、声を荒げても誰もいない。
しかし、耳には息遣いが伝わって来る。
身体には、気配が伝わって来る。
言い知れぬ恐怖は、どれだけ逃げ続けても変わらなかった。こうして撒いた今でも、『誰か』に見られているような気がしてならない。

少しでも落ち着こうと、煙草を取り出して火を付ける女。恐怖と疲れの名残で、味は全く解らなかった。
吸い込み、紫煙を吐き出す事を繰り返す。しかし、既に恐怖に蝕まれた身体は落ち着いてはくれなかった。
1本では足りない――そう判断した女は服のポケットからもう1本を取り出す。
その時だった。

ざり、と言う足音が、静寂に響いたのは。


「ッ!! ひッ、あ……?」


反射的に顔を上げる女。取り出した煙草はその拍子にコンクリートの地面へ落ちた。
そして面を上げた女の眼に映ったのは――


「――――」

「え――なッ……! え……!?」


顔を上げた女の眼に映ったもの……それは紛れもない『自分』だった。
メッシュの入った髪、光沢を放つ煌びやかな衣装。どれもが自分と瓜二つ――否、それは『似る、似ない』の次元で片付けられるものではない。今目の前にいる人物は、『自分』そのものなのだ。
鏡合わせ。そう表現するのが相応しい。

しかし目の前の自分は、決して『自分』ではないと言う事も、女は解っていた。
何故ならば――目の前の『自分』の顔は、例えようもなく歪で、邪な笑みを浮かべていたからだ。
幾ら何でも今の自分が笑みを浮かべる筈がない。もしそうだとするなら、色々な意味でもう終わりだろう。
目の前の『自分』は何をするでもなく、ただ歪に笑いながら見つめている。その姿はひたすらに不気味で怖ましい。
それに耐えきれなくなった女は、震える足を叱咤(しった)して立ち上がろうとした。
逃げなければ――逃げなければならない。本能が警鐘を鳴らしている。逃げなければ全てが終わる。
しかし、その願いは次の瞬間に脆くも崩れ去る事になった。

目の前の自分が肥大化し、ぶくぶくと膨れ上がっていく。一瞬の内に、その姿は緑色の醜い怪物となった。


『――――』

「ひッ! ぃッ、やッ、いやぁッ……!」


何かが泡立つような不快な鳴き声を上げる緑色の怪物。女は余りの恐怖に腰が抜け、ガチガチと奥歯を鳴らしている。最早声も上げられない。
そして、一体どこに隠れていたのか、わらわらと同じ形をした怪物が現れて来る。
背後は壁。周りは怪物。多勢に無勢……。こうなってしまえば、もう結果は見えた。そして突き付けられたその結果が、女を絶望のどん底に突き落とす。


『――――』


獲物を見つけ、歓喜したような声を張り上げて、怪物は女へ掴み掛かった。
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