再会
□耐え難い心の傷
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「早く選べよ?」
彼はつまらなそうにそう言うと店の外にある椅子へと腰を下ろした
外は既に暗くなっていたが、二人はメルの洋服を買うためにまた街へと出てきていた
洋服屋にメルが入るや否や、エースは、女の買い物は長いから嫌なんだ_とぼやいたが、二分も経たないうちにメルが店内から手提げ袋をさげて出てきた
「お待たせいたしました」
「...;」
十分な金は渡しておいたはずなのだが、彼女の手の袋にはせいぜい二着洋服が入っている程度だろう
「もういいのか?」
「はい、かまいません」
彼女がそう言うのなら、とエースは立ち上がり、その後も適当に街中を歩いたが彼女は他になんの飾り気もない白いサンダルを購入しただけで宿屋へと戻ることになった
金はいくらでもあるのだが、別々の部屋をとる気にはなれなかった
宿の利用客はガラの悪そうな客が大半で、店員もほとんどが男だ
喧嘩もできなさそうな、片手で突けば折れそうな体の女を目の届かない場所に置く気にはなれないし
と言い訳して、部屋に一つしかないベッドを横目で見て、ソファーに腰を掛けた
彼女はと言えば、先ほど部屋にある風呂に行き、浴室からはシャワーの水があたり弾く音がこちらまで聞こえてきている
この後どうこうあるわけでもないのに、エースは緊張する気持ちを落ち着かせようと深呼吸を一つした
シャワーの音が止んで、しばらくするとドアが開いた、気が付かないふりをしてエースはソファーに横になり、慌てて目をつむり狸寝入りをした
彼女の足音が近づいてきて、近くで立ち止まった
すっかり夜の闇が広がり、静かな部屋には外から野生の動物の鳴き声と虫の音が聞こえてくる
その空間で、彼女の静かな呼吸をする音と、動いている音
キュッ_と飴の瓶を開けて、ガサガサと包みを開き、カコッ_と飴玉が彼女の口に入る音...
なんで寝たふりなんてしてしまったんだ俺は;と、このどうしようもない緊張感に溜息を洩らしたくなってきた
その時だった
甘い匂いがして、唇に何かが触れた
「ッ///!?」
驚いて目を開けると、いつもの無表情が少し腰をかがめて、指でつまんだ赤い飴玉を俺の唇に押し付けていた
「これはサクランボの味です」
どうやら狸寝入りはバレていたようで、彼女は笑みを見せるわけでもなく、俺の少し開いた唇に飴玉を押し込んだ
「別にくれとは言ってねぇぞ///」
「はい、桃味はあげません」
そうじゃない;_
口の中に甘い味が広がってモゴモゴと口を動かしながら顔を赤くし睨んで見せたが
鋭さのかけらもないその瞳ではメルに伝わらず、彼女は瓶の蓋を閉めた
気が付かなかったが彼女の服がかわいらしいシンプルな白のワンピースになっていて
照れもあり、後ろ姿でさえも直視できず、飴玉を奥歯で噛み砕いて、口内の甘い味をコップの水を飲むことで洗い流して
立ち上がると、荒々しい動作で自分も風呂場へと向かった
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いつもより長めのシャワーを浴び、顔の火照りも落ち着くと、今度は体中にこみ上げるくすぐったくなるような気持ちにどうしても頬が緩む
彼女を誰よりも警戒し、信用していなかった筈の気持ちは、いつの間にか薄れ、彼女の見せたほんの一瞬の変化を思い返すと、いつの間にか喜ばしい気持ちに変わっていた
だが、彼女への警戒が完全に処理しきれたわけではない、エースは咳払いをし、風呂を出た
部屋へ戻ると居るはずの無表情の女の姿がどこにもない、彼女が大事そうにしていた大瓶の飴は量が減っている気もする
「...隠れてるなら出て来いよ?」
部屋を見渡し呆然とそう言ってみたが、声は帰ってこず、視界に入ったのは窓の外の暗闇だった
彼女も子供ではない、外出したのであればそのうち戻ってくるだろう
そう思い一度はソファーに腰かけたが、海の上での彼女の言葉を思い出し、じっとしていられないほどの焦燥が胸を騒がせ、舌打ちをし、濡れた髪のまま部屋を飛び出した
『次の島で、私を降ろして下さい』
もっと彼女の行動を注意深く見ておくべきだった
宿屋を出て、行くあても無ければ見当もつかない彼女の行き先を探すのは困難だろうが
なぜか足を止めることは出来なかった
「メル!どこだ!」
街中が寝静まり、虫や動物の声しか聞こえない中、彼女の名を叫びながら街中を駆けずり回る
まさか...と思い島の反対側にある森へ目を向けた
探す価値はある_
そう思いエースは方向を変え森へと続く道へと進路を変えた
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一人になり、視界を失った気がした
ふっと暗い場所に心が引きずり込まれて気が付くとそこには...
幼い自分が両膝を抱えて、声を出さないように親指の付け根を噛んで必死に泣き声を上げぬようにして
この世の誰にも気が付かれぬようにと泣いていた...
そんな時、必ず最後に私は甘い飴玉を口にほおり込んで
しょっぱい涙の味を甘く変えて、何もなかったように前を向き
平気なふりをしていた
心細さに時折、小さな胸は締め付けられるような感覚に陥った
それを止める手段は知らずに身についていった
自ら人と関りを持たないことだ
ソレなのに...
異世界に来たからと周りに甘えすぎた...
接する誰もが優しくて、それに浸ってしまっていた...
その後に今までと同じ結果が待っているに違いないというのに...
ザァッ_というドアにシャワーの水がぶつかる音がして
はっと顔を持ち上げた、目の前には大瓶に入った色とりどりの飴玉...
このままでは、また彼に甘えてしまう気がした...
息もできないような暗い圧迫が胸を苦しめた
私は頼りない足取りで壁に手をつき部屋を出た
暫くしたら戻る気ではいたのだが、街の闇はますます記憶を呼び覚ましてゆく...
塞いでいた蓋を押しのけて、泥水のような記憶が流れ出る
息が詰まるほどの苦しみを感じたにもかかわらず、声を上げるのをこらえ、頭の中が空っぽになる...
というよりは、脳の中で目に見えぬ何かが破裂して、言葉という言葉が散り散りになったのを必死になって搔き集め、理解しようと考えを巡らせる
どうにかこうにか冷静を装い、地面の上に立っていることがやっとだった...
初めに私を捨てたのは両親だった
その次は幼馴染
その次は親友
その次は恋人...
全部お前が悪いんだ!!!
口をそろえる様に、出会った人々は同じ言葉を私に浴びせた
私はそれを飲み込むことしか出来なかった
その通りだと思ったから...
急に強い風が前方から吹き付けてきた
また、現実に引き戻される、重い頭を抱えて、眉一つ動かない顔を持ち上げ周りを見渡した
気が付けば森の中まで踏み込んできていた、不気味ともいえる暗闇だったが、木々の隙間から柔らかな月明かりが地面を照らす
人の気配があった街よりはよほど心が落ち着きを取り戻してゆく...
バサッ_と一度鳥の羽ばたきの音がして、そちらへ目だけを向けると鳥とは呼べないほどの大きな黒い影が地面で動いた
「...」
それは童話や映画でしか聞いたことも見たこともない、伝説の生き物であった
流石のメルもこれには驚き瞳を僅かに大きくした
暗闇よりも黒いつややかな毛並みのグリフォン...
まるで私をそこで待っていたかのように、地面に座ってこちらを丸い目で見つめてきている
恐怖はなかった、動かない私にしびれを切らしたのかグリフォンは堂々たる足取りで、ゆっくりと距離を縮めてくる
目の前まで来ると、キュィ_と短く鳴いて固い口ばしを私の頬に擦り付けた
帰還した主人にペットが甘えるような、そんな行動にも思えた