再熱
□その8
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月曜の朝、珍しく蘭が先に目を覚ましていて、登校準備を済ませていた_
「おはよ_」
「うん、おはよ〜」
そう言いながらいつもの様にテラスへ行き朝一番に煙草に火をつける
どんよりと重そうな雲が黒く空を覆っている
「雨か___」
ただでさえ、学校へ行くのが憂鬱なのに、こんな天気だとその気持が倍増する_
昨日も休みだったが、蘭は手塚との成り行きを聞いてくる様子もなく、いたって普通にのんびりとした休日を過ごしただけだった_
穂乃美はいつもより早く煙草を消して部屋へ戻り支度を始めた_
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登校し、湿った空気を感じるが、いつもと変わらない授業風景_
蘭は黒板の文字をノートへ丁寧に書き写し、穂乃美は机に伏せって眠っている
だが、今日はいつもと違う事がもう一つあった
三時間目に授業が差し掛かり、10分休憩の教室移動の際、珍しく穂乃美が自ら顔を上げた
「おぉ…起きてた?」
蘭がそう聞くと、いや、怖い夢見た_とうつろな目をさせてボソリとそう言う_
「次女子は調理実習だと…なんかすごいらしいよ」
「知ってる、他のクラスは1・2時間目に調理実習あったって、さっきライン来た_好きなもん作っていいってやつだろ?」
(いつの間に友達作ったんだコイツ_)
そう言いながら背伸びをして席を立ち、やんわりと微笑む穂乃美、蘭はそれにつられるように笑い、二人で教室を出た
「私はカップケーキかなぁ_簡単だし_」
「穂乃美チョコイチゴ_」
「え・・・・」
(それ、チョコを溶かして、イチゴにつけるだけじゃん・・・・;)
廊下を進みながら会話を交わす、窓の外では雨がシトシトと降っていて、穂乃美は蘭に悟られないようにため息を僅かにはいた_
「はい、終わった_」
調理実習僅か20分でイチゴチョコを完成させ誰よりも早くそこから離れる穂乃美_
開いている机で包装しだした_
その後、蘭も一時間かけてカップケーキを作り上げた
その他の女子達は中々に手の込んだものを作っているのか、まだ料理の手は止んでいないようだ_
ふと穂乃美が居たほうへ視線を向けたが、案の定その姿はなかった_
その代わり、その席に忍足が座っていた
「三年は自由時間やねん今」
「わぁ気持ち悪いです_」
二人とも笑みを浮かべながら、蘭がその席の前へ腰を下ろし、カップケーキを包装し始める_
「それ、くれるんやろ?」
「あぁ欲しい?はい_穂乃美の分だけどいないから上げる_」
誰かにあげるのも面倒だったので、むしろ全部貰ってくれ_と思いながら8個あるカップケーキの中の一つを忍足の前へ差し出す
嬉しそう笑みを更に顔に広げる忍足にクスッ_と笑みが零れた
(相変わらず可愛いな_忍足)
「もう一つあげる」
「え!えぇん?ありがとぉなぁ」
ワァッ_と目を輝かせて受け取られるカップケーキ
外はまだ雨が降っている
(穂乃美どこ行ったんだろ…)
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生徒会室____
「跡部先輩、これ午前の授業で作ったマカロンです…食べてください」
他クラスの1・2時間目に調理実習を終えているC組の生徒が可愛らしいラッピングに包まれたそれを跡部に差し出しているのが隙間から見えた_
他にも沢山の生徒達が跡部を見つけて列を作っている
「・・・・・」
穂乃美は最後尾へと周り、順番を待つことにした
周りの女子生徒たちはキャッキャと顔を赤くして順番をまったり、跡部に言う言葉をお互いに練習したりしている
あと五人の所で跡部の姿がようやく近くで確認できたが、その周りにはたくさんのプレゼントが並べられており、手の込んだお菓子が山のようになっている_
「・・・・」
穂乃美は自分の20分も経たないうちに作ったイチゴチョコに目を落とし、やはり渡すのをやめようと思い、急いでポケットへイチゴチョコを入れ列から外れようとしたが、時すでに遅く、後ろから体を押された
前にならんでいた五人の女子生徒の姿はなく、生徒会長の椅子に腰かけた跡部が勝ち誇ったように笑みを作り、穂乃美を見上げる
「あーん?テメェも何か持って来たのか?」
「へ?…あー…え〜と、ないよ、なにも、何の列かと思って…並んだらお前がいた_」
「…ふぅん…じゃぁそのポケットの膨らみはなんだ?」
「これお守り!」
不自然に膨らんだポケットに目をやる跡部に穂乃美は隠すようにしてそこへ両手を当てて見せる
「じゃぁ、他の子に悪いから_」
そう言ってその場を去ろうとしたが、跡部が指を鳴らした
パチン_
「樺地!そろそろ雌猫どもを追い出してくれ_文化祭の予定を組まなきゃならねぇからな_で、穂乃美は残れ、文化祭の事で話がある」
「・・・・」
跡部の言葉に他の女子生徒はオズオズと退散させられてゆく_
(このクソガキ…)
そう思いながら、生徒会室のソファーへドカッと腰を下ろす穂乃美、先ほどの騒音にも似た女子達の気配がなくなり、そこはシトシトと雨音が聞こえるほどに静かだった_
「で…文化祭の話って?」
樺地も席を外して二人きりの部屋で_
気持ちを込めるでもなく、穂乃美は跡部に視線を送らないままに、そんな事私に何の関係があるのか_というような冷淡な顔色で話す
跡部は椅子から立ち上がり、穂乃美の斜め前へと移動し、上から見下ろす
「お前_コスプレすんのか?」
「…はい?」
「…;お前のクラスのコスプレ担当が、お前になってんだよ」
特に驚くわけでもなく、目を合わせた穂乃美に一枚の紙を手渡す跡部、その紙には確かに
宮城穂乃美=メイドコスプレ
と記載されている_
「あぁ…多分寝てたから…勝手に決められたのかな…」
ん_と紙を跡部に差し出し返そうとしたが、跡部がそれを受け取る気配がない、穂乃美は机にそれを置き、小さくため息を吐いた
「昨日見てたでしょ…手塚とチュウしてるの」
「っ…」
背もたれへ持たれて僅かに笑みを作り跡部を見上げる、跡部の眉間が小さなしわを作りフイッ_と横を向かれ視線を外される、うんざりとしたその横顔を見つめて、穂乃美はハハッ_と乾いた笑い声を出し、影のように暗い笑みを浮かべる
「あんな所で居たら気が付くって…」
「俺様には関係ねぇよ、テメェが誰と何してようが、邪魔にならねぇようにしてやっただけだ」
吐き捨てるように言われて、穂乃美は跡部の横顔から視線を机へと落とした_
「…んで・・・・」
「…?」
「…なんで…見てるだけだったの…」
「それは、だから邪魔に「あっ!違う…ごめん、そうだった__うんうん、よーし、そんな君にはこれを上げよう!はい、イチゴチョコ・・・」
ソファーから立ち上がって、いつもの様に笑って、お守りだと言っていたポケットの中身を取り出して跡部の手に握らせる
「・・・・」
「さっき作ったんだ、調理実習!まぁ…食べなくてもいい…か…ら…」
フワッ_と跡部が穂乃美を抱きしめた
「…あと…べ?」
その身体が僅かに震えている気がして、穂乃美は笑顔を固まらせたまま、跡部の名前を呼ぶ_
「・・・・っ…変な顔で笑ってんじゃねぇよ」
「…失礼ね…結構モテてる方なんですけど?」
「…見てるしかできねぇだろ…あんなの…」
今朝まで俺の腕に収まってた女が_他の男とキスしてるシーン見て…かける言葉なんか_見つかる訳ねぇだろうが____
「・・・・嫉妬?やめてよ、めんどくさい_」
「…何がそんなに怖ぇんだよ…穂乃美…」
耳元で跡部の声が弱々しく問いかける…
笑顔が苦笑いに変っていってしまう
あぁ_跡部にもばれてた?_
「…ダメなんだよ…私…誰かの一番になったり
誰かを自分の一番にするのとか…
まぁ要するに…
飽きられるの怖いんだよねぇ・・・・」
平然を装って、できるだけ笑い交じりに言葉を紡いでみたが、震えた情けない声しか出ていかない_