メイド

□ご主人はサカズキ様
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夕食後の珈琲をメロが昨日同様にソファーへ座り、雑誌を読むクザンの前の机へ置く


まるで先ほどの抱擁は夢だったのかと思うほど

メロは恥じらいも

目を反らすこともせず、忠誠を貫いている



ふと思い出す





メイドの心得


その四
_絶対服従_





両手に知らぬ間に力が入り、雑誌の両端がクシャリ_としわを作っていた



(主人失格だわ___)



メイドにあんな無理やりな行動をとって、挙句慰められるとは


と自己嫌悪が胸をよぎる



「メロちゃん、お風呂行ってきて、その後は、自由にしていいから_ 」



昨日と同じ言葉を言うと、メロも同じ返事を返し、風呂へ向かってゆく


一人の空間が出来上がり、クザンは久しぶりに息を大きく吸って吐きながら、ソファーの背もたれへ身体を沈める


視界は自然と天井のファンへと向けられる

ユックリと回るソレは

効果を表してメロの身体を温めてやってくれているのだろうか…



「病気だわ…こりゃ……」



昨日からずっとメイドの事ばかり考えている事に気が付いて

フッ_と小さく笑って瞳を閉じた


(だって…可愛すぎるんだもんなぁ____)






______________





少し熱めの浴槽へと体を沈めて自然とフーッ_と小さな息が口から漏れてゆく



「………」



両手ですくったお湯を自分の顔へ

パシャッ_

と軽くぶつけて


そのまま両手を顔面に覆い被せたまま

次は意識して、一度だけ大きく息を吐いた



主人とメイドという関係で、あんな事を・・・



して…しまうとは…



チクリと胸に細い針を刺された感覚に

顔の湯を落としながら、両手を下ろす



「・・・」




泳げない辛さを知っている_


悪魔の実を食べた訳ではないが


足のとどかない水へ身体を沈めると

浮くこともなく沈むこの身体



ゴボゴボと空気の泡が上へ逃げて行き

水中で手足をバタつかせる事しかできないのだから…


それでも何度か泳ぎの練習をしてみたことはあったが、その身体は自力で水面へ上がることはなかった__



海への憧れも、ずっと持っている…


だから室内プールをこの家で見た時は胸が少し高鳴った…


海を自由に泳ぎ、青と青の狭間に濡れた顔を出して見える風景は


一体どんなもので

どのような感情を教えてくれるのだろうか…




それを知ったあとに







二度とその感覚を味わえなくなった主人を思うと不憫でならなかった






海に愛されるからこそ

その身体は波に攫われる







あれは泳げない自分へと

無理矢理に押し付けていた言葉でもあった___




______________




今夜のパジャマはどうやら桜色のお猿さんのようだ_


床へ届くほどの尻尾が邪魔そうにぶら下がっている

躊躇するわけでもなく、そのパジャマに身体を滑らせる






__________________







冷めきった珈琲の最後の一口を飲み終えた頃

リビングのドアが開く



「…あらら・・・新しいパジャマ買う?」



少々驚いたが昨晩ほどの衝撃はない


長い尻尾を床に擦らないように

片手で掴んで手前で握っているメロの表情は

煩わしい表情を浮かべるわけでもなく、当たり前かのような無表情



「ご主人のお目汚しになるのであれば・・・」


「まさか、寧ろ次の衣装が気になるくらいなんだけど」


「では、新しいものは結構です」



そう言って空になったコップを持ち上げてキッチンへ向かうメロ


ドライヤーで乾いた髪が揺れ、同じシャンプーの匂いにトクン_と胸がなったが、咳払いをしごまかした



キッチンから戻るメロ

先ほどの尻尾を丸く縛って短くさせ

木製の四角いトレイの両端を握ってそれをソファーの机へと置いた




トレイの上には2つのマグカップと菓子皿があり


マグカップには白い液体がフワフワと湯気を出し

ほのかに甘いミルクの香りが鼻腔をくすぐる




皿には綺麗に並べられた四角いビスケット



コト_コト_とそれを机に並べて


当たり前かのようにクザンの隣へ

チョコン_と腰を下ろした



「…お猿さん?」


「はい、何でしょうかご主人」



確かに自由にして_と言ったが、まさか自分の隣で落ち着くとは思わなかった


桜色のマグカップを自身の前へ置き、視線を合せる


嬉しさが沸き上がると同時に

表情の変わらないメロとは違い

クザンの表情が緩々と崩れる



「や〜っぱり…


お猿さんのオヤツだっんじゃないの〜?


今朝のビスケット・・・」




「…いいえ

あれはご主人のものです_ 」



(強情じゃないの…)


ニヤケた顔を手の甲に乗せ、膝についた肘で支えて

視線を机に落としたメロの横顔に視線をやる


横顔でも相変わらずの無表情で

感情は一切≠ニ言ってもいいほど読み取れない


視線に気が付かれていないのをいいことに

クザンはニヤケた顔をほんの少し落ち着かせて

探るような視線を送る_




湯上りでまだほんのりと赤らんだ頬

乾ききっていない髪の毛先が
少し束を作ってはいるが

頭を少し動かすと、シャンプーの香りがそっと鼻を打つ

透き通るような皮膚をしたしなやかな手が皿へ伸び

親指と人差し指でビスケットをつまむ



彼女のそんな他愛のない行動ですら、視線も心も釘付けにさせられる___






スッとその口元に差し出されるビスケット




「ご主人?…あーん、して下さい」



ダメだ、可愛すぎる_



身もだえそうな身体にグッと力を入れて静止させ、微笑んだまま返事を返す



声のトーンも顔つきも変わらないが

今朝の仕返しだと言わんばかりに伸ばされる手




「まさか、自分で食べれるよ」


「……私はご主人のような意地悪はいたしません、はい、あーん」



まるで無表情な彼女の手が更に距離を縮める


はいはい_

そう言って諦めて、顔から手を放して

メロの持つビスケットへ唇を近づけて


(…なんだ_くれるんだ_)


逃げようとしないビスケットに

少し残念な気持ちも沸くが



恋人同士がするようなこれを

可愛いメイドがしてくれるのは正直に嬉しい


警戒を解いて_



口を開け、閉じた瞬間_






パクッ_







空気だけが口へ入り

入るはずであったビスケットはメロの口の中へ運ばれた



(クッ・・・・・・・・・・)



我慢しきれず身体を小さくさせて、赤面する顔を両手で覆った



(何この子可愛い・・・・)




そう思いながら、そっと姿勢を伸ばし視線をむけると


ミルクを一口飲み終えた彼女と目が合う






「ご主人…可愛いですね」






多分、俺を殺しに来てる_______


無表情ではあるが

必然的に上目遣いになるメロを見て





クザンは想像の中≠ナだけ_





メロを抱きしめた


















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