メイド

□主人様と花と鉄
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病室内から見た窓の外、空はのっぺりとした灰色の雲に覆われ、今にも雨粒が降ってきそうな暗い色をしていた


点滴は毎日のように昼と夜に二回、今は昼食の後の点滴に繋がれてはいるが
体調は日に日によくなり、もう数日で退院してもいいだろうと医者からの指示も出ていた
 
入院初期では体の疲労や熱もあり、それなりに患者として病院のベッドに大人しく収まっていられたのだが
一日中部屋からも出ず、ベッドの上で療養しているのにもそろそろ飽きてしまった


寝て夢を見るのにも飽きるほど____


目が覚めてから何をするでもなく、窓の外の雲の様子をジッと眺めて過ごしていた時、部屋のドアがノックもされずに静かに開いた




「どう?調子は_」




ゆるりと視線を向け、瞬きを二回した
そこにはクザンがお見舞いの花であろう花束を片手に、軍服のままの格好で幸せそうな笑みを広げていた


「...ご主人、面会は禁止のはずですが?」


私が入院をした意味はあるのでしょうか?_

海軍大将であるご主人に風邪を移さないために入院をしたのに、何故見舞いに来たのだ

そう思いながらも只ひたすらに空を眺める時間が無くなり胸に淡く喜びが通った

ドアを閉めるご主人の姿を目で追いながらも両足をベッドから下ろし近くの丸椅子を引き寄せた


「はい、これ御見舞いね」


そう言いながら椅子に腰かけ花束を近くのチェストへ置き、メロへ両手に収まるほどの箱を渡した、その箱は何度か目にした事のあるマリンフォードで有名なケーキ屋の箱だった


「...ありがとうございます」


先程のメロの質問には答えられてはいないが、まぁいいか_と思わせるほどの効力をその箱は持っており、ベッドのテーブルへとそれを大事そうに置いた

いつものごとく、メロの視線はケーキの箱に奪われてしまい、目の前にいるのに彼女の横顔を眺めるクザン


海軍の大将である自分が病院へと足を運ぶことは滅多になく
中でもメロの居る病棟は感染の可能性を指摘され、隔離されている病棟で医者やナースしか入れない

面会などもっての他な場所なのだが...

海軍大将という便利な肩書きと権力を振りかざし、仕事もそっちのけで昼間から堂々と現れたのだ



数日振りに会えた喜びもあったが、まだ点滴に繋がれているメロの姿をみて、いたたまれないような気持ちで胸が痛む

白い腕には無数の針の跡が残っていて、その場所を直視できない...

以前よりも痩せたように見える彼女の身体...
クザンは笑みを浮かべて見せたが、眉を寄せ眉間にはシワがより笑顔とは呼べない表情になってしまった


「...ご主人、何かありましたか?」


疲れているような、悩んでいるような...そんな影が見えた気がしてメロはクザンの頬へそっと片手を添える

...ううん、何もないよ__

彼はそう言って頬に当てた私の手に頬擦りするようにして愛しげに瞳を閉じた



「...ご主人?」


「...メロちゃん、こんなことされると我慢出来なくるでしょ?」


フフッ_と微笑んでメロの手に自分の手を重ね幸せそうに微笑むクザン


メロのほの暖かい女性独特の柔らかな感触がくすぐったくもあるが心地いい...

無理はさせてはいけないと思い、極力触れることをしないようにと決めていたのだが...

彼女の体温でこんなにもホッと心が安らぐのか_

そう思うと同時に、欲望の誘惑を微笑みながら堪えた..._




「......我慢なら、私もしています」



腕に点滴に繋がれているもう片方の手が伸びてきて、俺の頬を彼女の白い手が両側から包み込んだ

グイ__その非力に合わせて身体を屈めると
 
額に彼女の暖かく柔らかな唇が触れ

ちゅ__とリップ音を残し離れた


「ッ......///」



あまりの可愛い行動に顔を真っ赤にさせた後、元の位置へ戻ろうとしている彼女の首の後ろへ手を伸ばし引き寄せ唇を奪おうとした


「ご主人、唇はダメです__」


無表情がそう言いながら俺の口に手の平をあて止めた

フッ__と微笑んで彼女の手を空いた手で掴み指先にキスを落とす


「...じゃ、他ならいいの?」


彼女の視線が何か考えるように斜め上を見て、また俺と視線を合わせ、瞬きと同時に小さく頷いた











「ッ...んンっ...ヤ..ァッ......」



頬や首筋、パジャマから見える鎖骨や耳にもわざとらしいリップ音を出しながらキスを落としてゆく
その度にメロの身体は小さく震え、吐息混じりの甘い声が漏れ出す

ハァッ___ と熱い息を吐き力の抜けた彼女の身体を支え
少々やり過ぎたかな__と反省して

最後にダメと言われ禁止された唇へキスをしようと、彼女の顎を持上げ、唇を親指の腹でなぞる


とろけそうな甘い視線が俺を見つめ、キスだけで止められる自信も既に手放しかけている





縮まる距離、残り数センチというところで病室のドアが開けられた


「お迎えに上がりましたクザン様」


目の覚めるような明るい声と表情で登場したのはメロのメイド代行ティアだった


「...あのねぇ;」


ノックくらいしようよ、ティアちゃん__

残り数センチだった距離はクザンのため息と共に離され、あからさまに残念そうな声色で言い、肩を落とした



「あのねぇ。は、こちらのセリフです!本部と医療部から苦情のお電話が何度も何度も...」



負けじと大きな溜め息と呆れ声で唇を尖らせて怒るティアだったが

その視線がベッドの机の上にあるケーキ箱に止まり
その迫力が減速し、最後には探し物が見つかり喜ぶ少女のように笑顔を突然に開いた


「あーっ!私の好きな 「これは、私の...」


ティアの声をメロの感情のない声が遮り、ケーキの箱を引き寄せた

いつの間にか無表情に戻ってしまっていたメロ、もう少し一緒に居てあげたいのだが迎えが来てしまえば帰るしかない...


「ティアちゃん、帰りに同じケーキ買ってあげるから...じゃぁ___」


また来るからね__小声でそう言って席を立つご主人

僅かだがクザンのティアへの態度に小骨が心にでも引っ掛かったような嫌な気分がした...


「来なくて結構です」


自分でもひやりとするほどの空々しい声が出てしまいメロはパッ_と顔を窓へと向けた

「随分冷たい態度ですね、ダメですよ!メイドは笑顔!ほら、笑って笑って」


ドアの前に居るティアがこれでもかと笑顔を作り手本をして見せるが冷ややかにも見えるメロの無表情が変わることはなく

拒否の発言をしようと口を開いたが、ヒュ_と吸い込んだ空気が喉で鳴り、言葉よりも先に咳が咽び出た


ケホッ_ケホッッ...______


「メロちゃん...   ... 」


胸に手を当て苦し気に咳込んで蹲るメロに慌ててその背中に手を伸ばし心配するクザン、だが、その手はメロに触れず、ティアの手に阻止された


「感染してはいけませんので、即刻に病棟から出て下さい、これ以上の滞在は許しかねます」


ティアの笑みにチラ_と視線を向け、まだ咳き込むメロを普段の落ち着きを失って心配そうな瞳で数秒見て、伸ばした手を渋々と下ろした


「......ッ...へいき...ですから...」


咳を堪え口を手で覆い、顔を下に向けたままメロの苦し気な声がそう言う

ティアは掴んだクザンの手を引いて、ほら、早くして下さい_と急かした


「...ほんと?______」


ご主人の心配そうな声が耳に入る、ケホッ_と咳が出る度にティアが早く!と言っている声も...


彼女の言い分はわかるのだが、彼女の手がクザンに触れているのも、彼を連れて行こうとしているのも...平気ではない...______

クザンはメロの息が落ち着くまでその場から動く気はない、と言わんばかりにティアを無視してメロの蹲る背中を見つめる


触れられないのであれば、せめて最後にいつもの無表情を見てから..._____


数分も経たないうちにメロの息は落ち着き、少し涙ぐんだ瞳がクザンを見上げた


口元は気にしてか片手で覆われたまま...









「...それも、私のです」









一度交わった視線は外されて、その瞳はティアへと向けられていた
















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