君は何を想う? 完結

□番外編  とある日の瑞貴家 4〜6 更新
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水沢 亨 (二十六歳)
某マーケティング専門企業
マーケティング部営業一課在職
美咲の取引先


第10章 「猶予は皆無」の3ページ目。
亨の、美咲と電話している前後の話。






亨くんの一日





「申し訳ないですが、この報告書、訂正してから持ってきてもらっていいですか?」

とある会社のとある部署。

水沢 亨の所属するマーケティング部営業一課は、亨のこの一言で凍りついた。

亨の前には、彼より少し年上の田野倉の姿。
余裕な表情を浮かべながら、見えないところで握った拳が震えてる。




「水沢、その理由は」

彼が昨日の夜に作成した報告書が、亨の指先からゆっくりと机の上に置かれた。

「理由ですか? 私も暇じゃないんですが……訂正箇所があるからです」

用は済んだとばかりに歩き出そうとした亨の腕を、とっさに掴む。

「何度も見直した、そんな箇所は……」

亨はため息をつくと、田野倉の耳元に口を寄せた。

「なっ……」
意味もなく、赤くなる田野倉。

「――データ集計、一行飛ばしてますよ。そんなケアレス、ばらされたいですか?」

「――っ」

耳にかかる吐息が、ゆっくりと遠ざかる。
亨は真っ赤になって立ち尽くしている田野倉を冷たく見下ろすと、そのまま自分のデスクに戻っていった。




――こっえぇぇっ




営業一課、全員の心の叫び。




水沢 亨は、ビジネスだとこんな奴だった。
田野倉は放心したように、椅子に腰を下ろす。
少し震える手で、昨日見ていたデータをPC上で開いた。





周りから見れば、年下に怒られてむかむかと震えている先輩社員。
が、その実――



――なんであんなに可愛いんだよっ

二十六歳だぞ? なんで二十六歳の男が、可愛さを振りまけるんだ!
色素の薄い、さらさらの髪。
薄茶の瞳、日焼けとは無縁の綺麗な肌。
仕事中だけ掛ける眼鏡、それごしの冷たい視線。
そのくせ、身長はあって――





真っ赤になりながら、たどたどしくキーボードを叩く田野倉を皆ではらはらしながら見守っている。
それはもちろん、亨に殴りかかったりしないか、という方だが。









――なんでお前は男なんだぁぁぁぁっ
いや、男でも――!! いっ、いかん! 俺はなんて事を考えてんだーっ!!





でもこいつは、こーいう奴だった。









芯から冷えそうな営業一課に、幸せの電話が舞い込んだ。

鳴ったのは、亨のデスクにある電話。

亨はキーボードを叩いていた手を止めて、スマートな動作でそれをとる。

「はい、いつもお世話になっております。営業一課、水沢です」




その冷たい声にびくびくしていたら、
「美咲さん! はいっ、もうぜんぜん暇なんで、お気になさらないでくださいっ」
可愛らしい見た目に相応の、可愛らしく明るい声がそこから発生された。




表情まで一変させて、にこにこと笑ってる。






途端、営業一課全員の心が固まりつつ安堵する。



――さっき、暇じゃないとか言ってたけど……
ま、これで、しばらくは安泰だ……




亨の態度を一変させるその人は、亨の営業先の担当社員“美咲さん”。
久我部長と同じ苗字らしいが、亨がいつも嬉しそうに“美咲さん”と呼ぶので、いつの間にかこの課ではそう呼ばれていた。



「……はい、はい分かりました。では来週にでも、変更箇所の資料をお持ちしますね。え? こちらに?」



――見たいっ、鬼の水沢がこれだけ懐いている美咲さんを見たい!



営業一課全員の期待の雰囲気を感じたのか、一瞬口をつぐんだ亨が口端をあげて返答した。



「美咲さんにご足労頂くわけにはいきません。俺……じゃない私がお持ちしますから」



その表情は、「誰がお前等なんかに美咲さんを見せるか、あの人が減る」とでもいうように、悪魔的笑みを浮かべいたそうです。




――やっぱり、鬼だった……





ビジネスモードでは「鬼の水沢」と揶揄されている亨だが、実は営業一課全員に好かれ頼りにされている、人気者だったりする。


――あぁ、水沢っ! 頼む、一度でいいから上目遣いで俺を見てくれっ

一部、田野倉のような人達には、違う意味で人気者だったりする(笑
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