君は何を想う? 完結

□番外編  とある日の瑞貴家 4〜6 更新
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――とある日の、瑞貴家――




瑞貴 哲弘、二十六歳。
ただいま振られたばかりの幼馴染(と、そのおまけ達)と同居中。





所属する企画課は、個人プレーが多い。
よって同じ企画課にいても、美咲とは帰宅時間が同じになることは少ない。


最寄り駅に着いて自宅に向かって歩き出した俺の背中に、呼びかける声。

その声に振り返ると、改札を抜けてくる見知った顔が視界に入った。


「おーい、瑞貴。珍しいねぇ、ここで会うの」

甘ったるい笑みを浮かべた、おまけその一、真崎 昴。

「おまけその一って、なにさ先輩に対して。まったく、素直じゃないんだから」



……人の脳内思考を読み取るな



嫌そうに眉を顰めて、並んで歩き出す。






駅から家まで約十分。
冬も終わりに近づき寒さが和らいできたとはいえ、まだコートのお世話になるような気温。

美咲(とおまけ達)が同居し始めてから、既に一ヶ月が過ぎようとしている。
来週はもう、三月。
春に向かって、季節は移ろいでいく。




「ねぇねぇ、美咲ちゃんは先に帰ってるの?」

隣で鼻歌でも唄いだしそうな真崎をじろりと見下ろすと、小さく息を吐く。
「知らないっすよ。あいつ、午後は外回りだったから」

課長と。


最後の言葉は口の中に残したまま。

次の企画は、課長と美咲、二人で進めるんだそうだ。

仕事上、一緒にいることが多くなった二人。
俺が見たことのない、表情をするようになった美咲。

なんだか、凄く悔しい。



もう一度溜息をつきながら、視線を前に戻した。



幼い頃から通いなれた道は、それだけにいろいろな思い出がいたるところにあって。

俺だって課長の知らない美咲を知ってるって、対抗する気持ちが生まれていることに内心空しくなる。


大切なのは、思い出の中じゃない。
大切なのは、現在なのに。


美咲、美咲って、ホント俺も諦め悪い。





「馬鹿な子だねぇ。こうなるなんて、分かってたことだろうに」


隣からの声に、真崎がいたことを一瞬忘れそうになっていた自分に気付く。



「諦めるべき対象が毎日目の前にいれば、そんなことが無理だって事、分かってたでしょ? 僕、あの時言ったよね」



「うるせぇな」

ぼそっと呟いてそっぽを向くと、真崎は呆れたような声を上げた。

「そのやせ我慢、いつまで続くのかなぁ」
「やせ我慢じゃない。俺は、弟だ」

真崎に言いながら、自分に言い聞かせるように言葉を紡ぐ。

「俺は、美咲の弟だから」

弟に見えるように、頑張ってる最中だ。

「本当に、お馬鹿」



呆れ声の真崎に何の言葉も返す気が起こらず、そのまま前だけを見つめる。
角を曲がって見えてきた自宅には、明かりが灯っていて。

美咲か、おまけのどちらかが帰ってきているんだろう。




自宅に誰かがいるって、結構幸せ。
それが美咲だってことが、すげぇ幸せ。



たとえ、限られた時間でも。

あいつに、家族の時間を味合わせてやりたい。
俺が子供の頃、与えてもらっていたその時間を。



門扉を開けて中に入る。
玄関脇のチャイムを鳴らして、ポケットから鍵を取り出した。






その為なら、我慢するさ。

どんなに、美咲を抱きしめたくても。
どんなに、その肌に触れたくても。
どんなに、その唇に……





「おかえり、哲!」



鍵を差し込もうとしたドアが、思いっきり開いて明るい声が響いた。

驚いて鍵を持ったまま固まった俺。
その目の前で、にこにこと笑うエプロン姿の美咲。



「た……ただいま」
「ただいま、美咲ちゃん!」
俺の言葉にかぶるように真崎が声を上げて、おもいっきり美咲に抱きついた。



「てめっ」



固まっていた俺はその姿を見て慌てて真崎のスーツの襟首を掴みあげると、美咲から引き剥がす。



「何すんだよ、瑞貴ー。美咲ちゃんとの抱擁を!」
「するな、エロ親父」

ぎろりと睨んで、そのまま家の中に放り投げる。
美咲は苦笑しながら、俺たちのやり取りを見ていた。



「あはは、哲、ありがと。ご飯は? 作ってあるけど、食べる?」

すでに風呂に入ったのか、少し濡れている髪をクリップで上に纏めたその姿は、本気で理性を試される。


今だけ真崎になりたいとか思っちまう、自分が嫌だ。



なるべく首元(うなじともいう)を見ないように視線を反らしながら、頷く。

「食べる食べる。すげぇ、腹減った」
美咲はそんな俺に気付かずに、笑みを浮かべた。

「良かった。今日早めに帰ってこれたから、哲の好きな餃子、大量に作ったんだよねー。
早く着替えておいで。先にお風呂入るなら、お湯溜めてあるから。ほら、真崎先輩も」


そういいながら、靴を脱いでいる真崎にも声を掛ける。

美咲は、甘ったるい笑顔で真崎が頷くのを見届けると、鼻歌を唄いながらキッチンへと戻っていった。
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