君は何を想う? 完結

□番外編  とある日の瑞貴家 4〜6 更新
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その後姿を見送って、強張っていた身体から力が抜ける。

「美咲ちゃんは、天然だねぇ。僕も一応、男なんだけどなぁ。濡れ髪、色っぽすぎー」



「――真崎」


威圧感たっぷりに見下ろすと、分かってるよ、と真崎は肩を竦めた。




「加藤は純粋に先輩として慕ってるからいいけど、もう少し警戒心を持って欲しいなぁ。僕にも瑞貴にも」



「……家族に、警戒心はもたねぇだろ」


靴を脱いで家に上がると、階段を使って二階の自分の部屋に向かう。


後ろからついて来ている真崎に、前を向いたまま話を続けた。



「俺は、弟だ」



その言葉に、後ろで溜息が零れる。



「ま、頑張って思い込んで。自分で招いた事態なんだから、切り抜けてね」



「大丈夫だよ。真崎を殴ったり蹴り飛ばすことがあっても、美咲を悲しませることは絶対しないから」



「それもどうなのさ」

苦笑しながら、お互い部屋に入った。




スーツを着替えながら、頭をガシガシとかき上げる。





そう、俺は甘かった。
同居=家族の時間
その公式しかなかった。





寝起き、風呂上り、エプロン姿、その他もろもろ……

そんな姿を見て、どう諦めをつけろってんだ。

自分で自分を、嘲りたくなる。


しかもそんな美咲を見て、素直に喜んでる自分がいたりするのが阿呆すぎる。

俺って、ホント……




Tシャツとジーンズに着替えて、一階に下りる。


リビングには真崎がいて。
既に焼きあがっていた餃子を、頬張っていた。


「美咲ちゃん、料理上手いよね。これで課長の胃は掴んだも同然! 男は胃袋だよ、落とすなら」

「なんですかそれ。とりあえず、口にあってよかったです」


キッチンから出てきた美咲が、リビングの入り口に立っていた俺に気付いて足を止める。


「どうしたの、哲。早く座りなよ」

首を傾げながら俺を見上げる美咲の、可愛さといったら……


頭の中が妄想一色になりかけたその時、視線を感じて視線を美咲の後ろに向けると真崎と目があった。

ニヤニヤしながら、こっちを見てる。


「あー、腹減った」

一瞬にして現実に戻った俺は、わざとらしい声を上げながら自分の席についた。

「田口さんと加藤くん、さっき駅に着いたって言ってたから。もう帰ってくるわよ」

トレーにのっている皿をテーブルに置きながら美咲がそういうと、いいタイミングで玄関のチャイムが鳴り響いた。



「早いなぁ、歩くの」
そんなことを言いながら、美咲は玄関へと歩いていく。



俺は箸を手に取ると、餃子を口の中に放り込む。

……うまい

勢いづいて、ばくばくと連続して口に入れる。



昔から、美咲の作る餃子が好きだった。
そういえば、美咲のアパートで最後に食べたのも餃子だったな……


「みーずき、顔、にやけてる」

「……っ」


真崎の声に、びくっと肩を震わせた。
「にやけてなんか……」
「瑞貴は、既に胃も掴まれちゃってるわけだ。春が来るのは遠いかなぁ〜」
「うるせぇ」



悪態つきながら、内心溜息をつく。
遠いよ、多分。分かってるよ。
二十年以上の想いが、簡単に消えるわけないだろ。



「ただいまですー」
「真崎先輩、もう帰ってたんですか」

後輩二人(おまけ二・三)がリビングのソファに荷物を置いて、そのまま椅子に腰を下ろした。

「着替えてきたら?」

真崎の言葉に、後輩二人は恨めしそうに頭を横に振った。

「着替えるのも億劫なほど、腹減ってんです。どっかの誰かに使われまくってるんで」

「いっとけ、後輩。真崎は、言わないとわかんねーからな。言ってもわかんねーけど」

「言うだけ無駄じゃないですか、それ」

田口と加藤は、美咲の後輩。真崎の部下。
なんというか、話してて面白いし落ち着く。
美咲の周りには、いい奴が多いな。
俺も、その一人だと嬉しいんだけど。


「ほら、田口さんも加藤くんもいっぱい食べて」


大量の餃子と玉子の炒め物。
中華スープ、もやしのナムルに、杏仁豆腐。



高校卒業からずっと一人暮らしだった美咲は、誰かにご飯を食べてもらえるのが嬉しいらしい。

早めに帰った時は、凝ったものや皿数の多い夕飯を作る。

しかも一人暮らしで質素倹約が身についてるから、見た目ほど食費も余りかからないし。



多分、反動。
風呂も掃除も、食事も。

住んでいるからの恩返しっていう気持ちもあるんだろうけれど、単純にやるのが楽しいんだろう。



「なんか、久我先輩って……。料理も上手いし、いい奥さんになりますよ」

加藤が感嘆の声を上げた。



奥さん……、課長の。
美咲の結婚相手は、決定済み。
今頃残業でかじりついてる企画室で、奴はくしゃみでもしてるんじゃないだろうか。



美咲はけらけらと笑いながら、嬉しそうに笑みを浮かべる。

「ありがと、料理だけはねー。一人暮らしとはいえ、おいしいものを食べたかったんだ」

「今度、教えてください。先輩」

なぜか食事の前にデザートの杏仁豆腐を食べていた田口が、思いついたように美咲を見た。



自分も食事を始めていた美咲は、口をもごもごさせながら了承する。

「いいよー、休みの時に一緒に作ろうか」
「はい」

そんなやり取りを見ながら、真崎がにこやかに笑った。

「奥さんって言うか、お母さんみたい。なんか、ホント実家に帰った雰囲気だなぁ」

「家族ですねー」

そう笑う加藤の言葉に、嬉しくなった。





家族としての時間、ちゃんと俺、美咲に味合わせてやれてるってことだよな?
俺だけが、嬉しいわけじゃないって……



「何にやけてんのー、瑞貴ったらスケベ」



内心喜んでいた俺は、真崎の言葉にイラッと目を細める。

「スケベは真崎だろ。さっきも美咲に抱きつきやがって」

途端に上がる、後輩二人の声。

「何やってんですか、真崎先輩!」
「セクハラだーっ」

その声に眉を顰めて、真崎は美咲を見た。

「瑞貴が最近、呼び捨てにするんだよ、美咲ちゃん」
「そこですかっ」

何かずれているその訴えに、美咲は苦笑いで突っ込む。




「だったら、私もーっ」

そういいながら隣の席に座る田口が、美咲の腰に両腕を回して。

それを見た加藤が、俺もーとか言い出したのを、片手で頭を掴んで椅子に押し戻す。

「させるか」

その声に、また笑い声が上がる。

「真剣になんない、瑞貴ったら」

「なるっての! 加藤はやる。こいつ、マジで純粋にやる」

「はい、やりますよ。だって、久我先輩だし」

ねーっと、田口と二人で納得しあってる。

「まったく、いいから早くご飯食べて」

それを呆れた顔で、美咲が見ていて。

その声に、後輩二人が元気よく返事をする。


そんなやり取りを見ながら、小さく息を吐き出した。

この家で、ここまで楽しい食卓、今まであっただろうか。

幼い頃は、美咲の家に行くことが多かった。
高校卒業してからは、一人暮らしの美咲のアパートに行くことが当たり前で。

ここは、ほとんど母親と二人で暮らすばかりだったから。



こんなに騒がしい毎日は、ありえなかった。
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