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□Give me candy!
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最近、黒は私に飴をくれる。
それは、時に黒の気まぐれだったり、何かのお礼だったりした。私は、それらの飴をまだ一個も食べていない。食べてしまうのが勿体なかったから。
ある程度手元に飴が溜まってきたときから、私は空き瓶に飴を溜め始めた。
飴は、日を数えるごとに増えていった。
たまに飴の溜まった瓶を持ってその重さを感じたり、軽く振ったりして飴が瓶の中で転がる音に耳を澄ませて、どれくらい溜まったかを確認したりした。
観測霊を通して瓶を見ると、瓶の中は色とりどりの飴で満たされつつあった。
私は、瓶が飴でいっぱいになる日がとても待ち遠しかった。
もう少しで瓶いっぱいに飴が溜まりそうになった頃、飴は増えなくなった。
黒がタバコ屋の前を通りかかっても、飴は置いていかれない。
私が任務で黒をサポートしても、お礼の飴は贈られない。
私は、すごく寂しくなった。
重さの変わらない瓶を持つと切なくなった。飴で満たされることのない瓶を見ると悲しくなった。
黒は、どうして飴をくれなくなったのだろう?
そう思っても、それを直接黒に聞くことができなかった。
◇◇◇
それから数週間が経った。
瓶はあの日のまま、まだ満たされてない。
今日は、キコが遊びにきていた。私はキコの話を聞くのが楽しかった。
「ふ〜。ずっと話してたから、疲れました〜。そこの飴一個貰ってもいいですか?」
キコが一瞬何を言ったのか解らなかったけど、キコが『あの瓶』に手をかけた気配に背筋か凍った。
「だめっ!!」
「ひゃっ!?」
自分でも驚くくらい大きな声が出た。
私ですら、驚いているのだ。キコは相当面を食らった様子をしている。
「ご、ごめんなさいです!勝手に食べようとして・・・。でも、驚きました。キルシーちゃんがこんなに取り乱すなんて・・・」
自分でも、こんなに取り乱して、キコに申し訳ない気持ちでいっぱいだ。
「飴がそんなに好きなんですか?」
「そういう訳じゃない・・・」
私は、キコに全部話した。
…とは言っても、伏せるべき箇所は伏せて話した。
飴は、ある人からの贈り物であること。
私は、それを瓶に溜めていたこと。
瓶に飴がいっぱいになることを楽しみにしていたこと。
突然飴が贈られなくなったこと。
それが悲しかったこと。
「そういうことだったんですか・・・」
キコは、考えるように天井を仰ぎ見た。
「キルシーちゃんは、その人から貰った飴を一個も食べてないんですよね?」
私は頷き、肯定の意を示すと、キコが私に指さしていった。
「それですよ! きっと、その人は、キルシーちゃんが飴を食べずに瓶に溜めているのを、何か誤解しているです!」
「誤解?」
「そうです! 例えば、キルシーちゃんは飴が嫌いかもしれないとか、自分からの贈り物自体が迷惑なのかもしれないって!」
キコの言いたいことは、わかった。でも、私にはどうすればいいか、わからない。
「どうしたら・・・」
黒は、また私に飴をくれるの?
「きっと・・・、その人は、キルシーちゃんの笑顔が見たいんですよ」
「笑顔?」
「そうです!とびっきりの笑顔です!」
◇◇◇
私は、任務の関係でいつもの公園来ていた。私以外のまだ誰もいない。
私は、木を囲むように備え付けられたベンチに腰をかけた。
いつもなら、私、黒、マオ、黄の順番で集まる。
すると、聞き覚えのある足音が近づいてきた。
「まだ、お前一人か?」
黒だ。
私は、黒の問いに首を縦に振って、応えた。
「そうか。・・・銀、口に何を入れてる?」
黒が気付いた。
「ふぇいが、くれたあめ・・・」
「・・・一度に何個口に入れてるんだ?」
「・・・ふぁからない」
私は、自分の口いっぱいに飴を含んでいた。
「ふぁたし、ふぇいがく・・・」
「待て。今は喋るな。口の中の飴がなくなってからにしろ・・・」
コロコロコロ・・・
口の中の飴は、なかなかなくならない。
噛み砕いてしまおうかと考えたが、黒に噛み砕くなよ、と釘を刺されたのでそれはしない。
コロコロ・・・
コロ・・・
ようやく口の中の飴は、全てなくなった。
時間がかかったが、マオや黄は、まだ来ていない。
今なら・・・
「私、黒がくれる飴好き。迷惑なんかじゃない」
突然こんなこと言って、黒は驚いているかもしれない。
「・・・ただ、食べるのが勿体なかった。黒がくれた飴は私の大切な物だから・・・。食べてなくなっちゃうのが、嫌だった。だから・・・」
言葉が続かない。
自分の願いを口にするのがひどく躊躇われる。
「飴、欲しいのか?」
私の言葉を繋いだのは、黒だった。
「・・・うん」
「そうか。今日は、持ってないから、また今度な・・・」
私は、一瞬呆然としたが、すぐに胸の内に温かいものが込み上げてきた。
黒が、また飴をくれると言った。
嬉しかった。
それまでの悲しみが吹き飛ぶほど嬉しく思った。
「っ!?」
「黒?」
「・・・あ、いや、何でもない」
一瞬、黒が何かに驚いた気配がしたけど、その正体は解らなかった。
『その人は、キルシーちゃんの笑顔が見たいんですよ』
不意にキコの言葉が脳裏をよぎった。
(そうだ、笑顔・・・)
私は、口の端に人差し指をあてて、笑顔の形を作った。
「ふっ・・・」
黒が小さく笑った。
「なんで黒が笑うの?」
「いや、悪い。おかしくてな・・・」
「かわいくない?」
「あ、いや・・・。こっちも可愛い、・・・とは思う」
(・・こっち?)
黒が何と比べて言っているのか、わからなかった。
それを聞くと、黒は何でもない、と言うだけで結局教えてくれなかった。
◇◇◇
正直、驚いた。
俺があげた飴を銀が大切にしていたことにも驚いたが、その後に見せた銀の自然な笑みには、思わず息を呑んでしまった。
自然な笑みを見せたと思ったら、今度は指で笑顔を作ってみせたのが、可笑しくて、可愛くて思わず笑ってしまった。
銀自身は、気付いていなかったようだから、あえて教えてやらなかった。
銀の笑顔をもう一度見たいと思った。
今度また飴をあげよう。
そうしたら、銀は笑顔をまた見せてくれるだろうか‥‥
end