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□JOKER
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 待機中とは暇なものだ。

 いつもなら何もせずに、ただ横になって時間を潰すだけなのだが今日は違った。


「フルハウス・・・」

「なにぃぃ〜!!?」


 マオの驚嘆する声で微睡みから一気に引き戻された。

 何事かと思いソファから上体を起こすと、銀とマオが向かい合って何かしているのが見える。


「何をしてる?」

「おお、起きたか、黒。見りゃ分かるだろ。ポーカーだよ」


 マオの手?でどうやってポーカーをやっているのか疑問だ。


「昔は、よくやっててな・・・、つい懐かしくなったから銀にルールを教えて一緒にやってたんだ」


 銀は銀で例のごとく観測霊を用いて、手札を認識しているのだろう。

 しかし、マオの肉球でどうやって手札を持つのか疑問だ。


「そしたら銀の奴、すげー強くなっちまってな!まあ、俺の教え方が良いてのもあるだろうけど、勝利の女神に愛されてるのかと思えるくらい強い役ばかり引き当てるんだよ!黒も試しにやってみるか?」


 目もすっかり冴えてしまったし、特に断る理由もない。

 暇つぶしには、ちょうどいいだろう・・・。


「そうだな・・・。その前に銀。いつもお前が飴をためてる瓶は持ってるか?」

「持ってる」


 何故今日に限って銀が瓶を持って来ていたかは、別に気にすることでもないだろう・・・。


「俺も、お前にあげようと思って飴を持ってきている・・・」


 俺は、いろんな飴が詰まった袋を示して言った。


「くれるの・・・?」


 銀の的を外した言葉を俺は少し意地悪く否定した。


「いや、違う。どうせやるなら、飴を賭けて勝負だ・・・」

「賭ける?」

「ああ。お前が勝てば飴が手に入り、お前が負ければ飴は没収だ・・・」

「!」


 自分でも意地悪な賭けだと思った。

 銀がその瓶の中の飴を大切にしているのは、よく知っているのに。


「嫌なら良いが、どうする?」

「・・・・・やる」

「よし。マオ、カードを配ってくれ・・・」

「はいよ」


 俺は、器用にカードをシャッフルし、カードを配るマオの姿には目をつむった。


 ◇◇◇


「ショー・ダウン!」


 マオの言葉とともに、銀は自分の手札を見えるように置いて呟く。


「ストレート・・・」

「・・・・・・・・・」

「おい、黒。さっさと手札見せろよ」


 俺は軽く放るようにして、手札を晒した。


「・・・・・・スリーカード」

「はは、また銀の勝ちだ」


 自分もそれなりに強い方だと思っていたが、銀は別格だった。

 本当に勝利の女神に愛されていると思えるくらいの引きの強さ。


 そして、何より銀には俺のポーカーフェイスが通じない。

 俺が強い役を引き当て勝負をさせようと思っても誘いに乗らない。

 俺の役が弱い時は、例え俺が強気な態度をとっても必ず勝負する。


 その上、ポーカーの最中の銀は俺に表情をまったく読ませない。


「黒・・・」


 銀が瓶を差し出し、飴を寄越せと催促する。

 袋の飴を一握り掴むと、袋はとうとう空っぽになってしまった。

 飴を瓶に入れてやると瓶は溢れんばかりに飴でいっぱいになった。


「いっぱい・・・」


 銀はすごく満足そうに瓶を抱え、その重みを噛み締めるように瓶を揺すっている。

 普段ならそんな銀を見れただけでも、満足できただろう。

 しかし、ポーカーで惨敗した後では、俺にそこまでの余裕はなかった。


「・・・・・銀、もう一回だ」

「おい、黒。往生際が悪いぜ・・・」

「うるさい」


 一度くらいは勝たないと気が収まらない。

 後から思えば、この時の俺はギャンブルの落とし穴に陥っていたのだ。


「いいけど・・・。次は何を賭けるの?」


 飴はもうない。


 そして、俺はつい口走ってしまった。

 全て失った者が言う常套句を・・・



「お前が勝ったら、何でも言うことを聞いてやる」



 言ってから少し後悔した。

 マオも、おいおい、と呆れ気味だ。

 でも、言った言葉は帰って来ない。


「・・・何でも?」

「っ・・・ああ」

「わかった」


 銀は俺の提示した条件をのんだ。

 こうなれば、もう後には引けない。

 マオは、どうなっても知らねーぞ、と言いながら、器用にリフル・シャッフルをしているが、もう気にしない。


 ◇◇◇


(どうする・・・)


 最初の手札ですでにスペードの10、J、Q、Kが揃っている。

 チェンジして、スペードのAが来れば、ロイヤルストレートフラッシュ。

 考えられる中で最強の役だ。

 しかし、来なければ確実に負ける。


「チェンジするか?」


 マオの言葉だけがその場に響いた。

 一拍おいて、銀が手札から数枚引き抜く。


「2枚、チェンジ・・・」


(2枚・・・)


 その2枚が銀にとって、どういった意味のあるものなのか考えれば考えるほど、分からなくなる。


「黒はどうする?」

「俺は・・・」


 賭けか・・・安全策か・・・


「1枚チェンジだ」


 半端な役では、銀に勝てない。



 俺は賭けに出て、マオからカードが1枚送られる。

 それを手札に加えるが、確認はしない。

 瞼を閉じ、ひたすら念じる。


(スペードのA・・・)




「ショー・ダウン」


 マオのそのコールとともに、確認もせず手札をその場に放る。


 諦め混じりに、閉じた瞼を開く。


 チェンジする前の手札と違うのは、スペードのAがあること。

 紛れもなくロイヤルストレートフラッシュ・・・


 最強の役だ。


 あまりの僥倖に手が震えた。

 内に湧く歓喜を抑えながらが、言葉を紡いだ。


「悪いな、銀。この勝負は俺の…」


 言葉を紡ぎ切る前に銀が動いた。


 俯き垂れた前髪の向こうに不敵な笑みを浮かべている銀の姿が見えた気がした。

 その一瞬の幻に目を疑ったが、今度は銀の言葉に耳を疑った。





「ファイブ・オブ・ア・カインド」

「・・・・・?」


 銀の手札は、4枚の7に加えて、ジョーカーが1枚。


「マオ。ジョーカーが混ざってるぞ・・・」

「ああ、ジョーカーを1枚混ぜたワイルドポーカーだからな」


 後に知ったことだが、ポーカーの世界において、ジョーカーをワイルドカードと言い、そのワイルドカードを混ぜたポーカーをワイルドポーカーと言うらしい。


「銀の役は何だ?」

「いわゆるファイブカードだな。ワイルドポーカーにおける最強の役だ」


 最強・・・それはつまり、ロイヤルストレートフラッシュよりも上。


 俺の負けで、銀の勝ち。

 その事実だけが残る。



 そして、先ほど自分が言った言葉を思い出し、血の気が引いた。


「黒、約束・・・」


 覚えてる?という面持ちで首を傾げる。その表情は、いつもの無表情な銀と変らない。


「・・・・ああ」


 自分が言ったことを今更曲げるつもりはない。

 しかし、先ほどの不敵な笑みを浮かべていた銀の顔を思い出すと、自分の提示した条件がどれだけ早計なものか思い知らされた。






END…?
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