茶房 あかつき
□1st ANNIVERSARY 晋作's BAR 参加作品
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夜も更けて、最後のお客様が帰ってしまうと、お店の中は、一気に静かになって、私がつけている赤いチョーカーの鈴の音が、りんりんと静かに響いた。
洗い物の整理もあらかた済んでいるし、私は頃合を見計らって、
「オーナー、今日は一人で帰れますから、これで上がりますね。」
と、高杉さんに、急いで伝えた。
普段はもっと遅い時間までお客様でいっぱいのこのお店に、バイトとして雇われて、楽しく働いているんだけど、家はすぐそこなのに、
『こんな時間に、女の子ひとりで外を歩かせられるかよ。』
と、いつも誰かが、私の家まで送り届けてくれるのだが、
早く閉店できそうな今日ぐらい、みんなにも早く家に帰ってもらいたくて、私はいそいでカバンと上着を手にとった。
「おお?名無子、言ってなかったか?今日は、お前に見せたいものがあるんだ。だからもうちょっと、オレたちに付き合え。」
「・・見せたいもの、ですか?それに、オレたちって、みんなも一緒に?」
「ああ。まぁオレ様は、お前と二人きりの方が嬉しんだが・・・・。
なんなら、二人でフケるか?」
「ん、ん!!」
「桂さん!みんなでって・・どこに行くんですか!?なんだかワクワクしちゃうなー。」
「いや、大したことはないよ、すぐそこの丘の上までさ。今日は綺麗な満月の夜だから、君といっしょに見ておきたいなぁ、と、私が考えt」
「ん、ん!!」
「大久保さん!わぁ、大久保さんも来るんですよね!?いつもは忙しくて、打ち上げにも参加できないのに、今日は一緒でうれしいです!!」
「ふっ。私は参加できないのではなくて、していないのだ。本来ならあの月も、私と共にヴィンテージでも傾けながらワルツの流れる瀟洒な趣味のよい店で、二人きりで味わいt」
「ん、ん!!」
「以蔵くん!明日は学校の試験だって言ってたけど、夜ふかしして大丈夫なの?」
「なにも問題・・・・ない。それに、俺の赤点よりも、心配なのはお前の貞s」
「「「だ ま れ 小 僧 。」」」
「??」
なんだかすっごく張り詰めた空気を感じるんだけど、みんなでいっしょに、何かを楽しもう、っていうことみたいだから、私は喜んでついて行くことにした。
すぐそこ、と言われた丘までは、それでも結構距離があって、ゆるゆると続く坂道を、みんなで雑談しながら登っていく。
「・・・桂さん、今日の満月って、そんなに特別なんですか?」
「なんだ、知らないのか、知らないなら教えてやろう。今夜は、
地球を周回する月の公転軌道が楕円のため地球と月の距離は変化しているが、中でも地球に最も近づいたとき(近地点)に満月を迎える日 つまり、」
「スーパームーン
なんだよ。・・・私宛の質問に、丁寧な回答ありがとうございます、大久保さん。」
私を挟んで、桂さんと大久保さんが楽しそうに肩を抱き合いながら歩いているから、私もうれしくなって二人の顔を交互に見上げた。
「そうなんですね・・・あれ、お二人とも、ほっぺが腫れてるみたいですけど・・・」
「ちょうど目につくところに、季節外れの悪い虫が止まっていたのでな。私が桂くんのを退治してやったのだ。」
「おや、奇遇ですね。私も実は大久保さんの顔に、えらく大きな悪い虫を見つけたものですから。」
フフフフ・・・・。と、二人はとっても楽しそう。やっぱり来てよかったな。
そうやって歩いていたら、ずいぶん前に一番先頭を切って走っていった高杉さんが、坂の一番上のところで、私たちを振り返って、大きく手を招きをした。
「早く上がってこい、名無子!!オレはお前と、一番乗りがしたいんだ!! ちなみにそっちの虫どもは帰っていいぞ。」
その言葉を合図に、桂さんと大久保さんも、我先にと頂上目指して駆け出していく。
子供みたいだなぁ、みんな。。。
ちょっと可笑しくなって、クスクス笑いながら三人の様子を眺めていると、
「月を長いこと見つめるなよ。それと、これ、使え。」
一番後ろからついてきていた以蔵くんに、何かを手渡された。
「え??・・・・これって、めがね?」
「ああ。」
「私、目は割りといいほうなんだけど。」
「これは、人間が動物に見える不思議なめがねだ。後で役立つ。とにかくかけろ。」
はぁ?なに言ってんのこのヒト。からかってるんじゃないかな、と思って以蔵くんをまじまじと見つめてみても、彼の表情は一向に変わらない。
「ふうん。。。。わかった。」
なんだかよくわからないけど、とりあえずいうことを聞いておこう、と私ががもらっためがねをかけるのと、丘の頂上あたりに真っ赤な火柱が上がるのが、ちょうど同じ瞬間だった。