記念U
□悪魔と神父と小悪魔
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郊外にあるとある小さな古びた教会。
ここには一人の若い神父がいた。
しかし、この神父にはある秘密があった・・・。
「おーい、生グサ神父ー」
「・・・」
教会の扉から入ってきて失礼な呼び方をしてきた小悪魔の少女に神父―――ヴィンセント=ヴァレンタインは無視を決め込む。
「おいコラ、無視すんな!」
「・・・」
「悪かったって、ヴィンセント」
まともに名前を呼ぶとヴィンセントは漸くユフィの方を振り返って目線を合わせた。
しかし紅の瞳は咎めるように厳しく細められている。
「・・・次に同じ呼び方をしたら聖典を読み上げるからな」
「じょーだんだってば!だから聖典構えないでよ!」
小悪魔と言えど悪魔。
大っ嫌いな聖典を見せられて小悪魔の少女―――ユフィは後ずさる。
嘘じゃないから油断出来ない。
対するヴィンセントは呆れたように息を吐くと聖典を下ろして用件を尋ねた。
「今日は何の用だ?」
「カオスに用があるんだけど会わせてくんない?」
『カオス』という名前を聞いてヴィンセントの眉がピクリと僅かに動く。
カオスとは、ヴィンセントの体内に住まう悪魔の事で、魔の世界でその名を知らぬ者などいないほど強大な悪魔である。
大昔に人間界に侵攻しようとしたところをヴァレンタイン家の先祖が食い止め、最後の手段として体内に封印したらしい。
それからは代々カオスを引き継がせていき、復活を阻止しているのだとか。
しかしそんなカオスを取り戻そうとする悪魔も少なくはなく、たまに悪魔が奇襲をかけてくる。
この小悪魔のユフィもその一人だ。
最もユフィは見返りを求めての奇襲だったが、いつの間にやらヴィンセントに懐いてこうして毎日のように遊びに来ている。
今日はヴィンセントに会いに来た訳ではなさそうだが・・・。
「・・・アレに何の用だ?」
「アタシの力を今度こそ引き出してもらうんだよ。前から約束してるのにいっつも破っちゃってさぁ。
ヴィンセントの方からもなんか言ってくんない?約束はちゃんと果たせってさ」
「人の話を聞く奴であれば今頃私の体内にはいない」
ヴィンセントの返しを受けてユフィは「それもそうだね」と、けらけら笑った。
「・・・カオスに会うのは構わないが・・・判っているな?」
「フフン、判ってるって」
ユフィは背中の小さな羽を羽ばたかせて軽く宙を舞うと、ふわりと後ろからヴィンセントの首に腕を回す。
瞬間、漂ってきた甘い香りは徐々にヴィンセントの思考力を低下させていき、理性のメッキを剥がしていくのであった。
「はっ・・・はっ・・・はぁ・・・」
白いシーツの上で息を乱すユフィ。
その肌は悪魔のくせに陶器のように白く透き通っている。
が、今日に限ってはいくつもの鬱血痕がそこかしこに浮かんでいた。
オマケに汗や体液でベタベタしている。
こんな事をする人間などこの場では一人しかいない。
「・・・果てたか」
犯人であるヴィンセントは手の甲でユフィの頬を柔らかく撫でたがユフィは反応をせず、ただ静かに呼吸をしているだけだった。
また最後の瞬間に意識を手放してしまったのだろう。
意識を手放させるほど責め立てている事に罪悪感を覚えつつもヴィンセントはそれをやめる事が出来なかった。
一秒でも長くユフィを抱き、一つでも多く痕跡を残してユフィは自分のものだと示したい。
(ユフィは・・・私のものだ・・・)
小悪魔の少女に溺れる神父など滑稽な図だろう。
指を差して罵る者がいてもおかしくない。
けれどそんなのは体内に悪魔を飼っている時点で今更の話だ。
小悪魔と恋仲になろうが神に背こうがそんなものは些末な事でしかない。
それよりもっと重大なものがヴィンセントの前に立ちはだかっていた。
「・・・チッ」
ユフィの白い首筋に薄っすらと残っている二つの丸い痕。
まるで牙を突き立てられて穴が空いた痕のようなそれがヴィンセントをここまでに仕立てた原因の一つ。
忌々しいそれを見るたびにヴィンセントは我を忘れ、貪欲に浅ましく醜いまでにユフィを求めてしまう。
ユフィを取られまいと必死になって・・・。
「・・・ユフィ」
愛しい恋人の名を呼び、薄く開かれている唇に自分のそれを軽く重ねる。
もっと触れて、もっと感じて、隅から隅まで己を刻み込みたい。
なのに、それを邪魔する奴がいる。
今、ヴィンセントの腹の底からじわじわと溢れ出し、着実に侵食してくるもの。
ヴィンセントとしての意識は黒く塗りつぶされて行き、視界も黒くボヤけていく。
目の前のユフィが取られてしまうかもしれないのに。
アレに会わせたくなんかないのに。
「・・・カオス」
意識の全てを塗りつぶされる直前、ヴィンセントは忌々しい悪魔の名前を憎しみを込めて呟いた。