古書V

□ときめきのバカップル
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「ヴィンセント」

ソファで本を読んでいたヴィンセントの耳元でユフィが甘く囁く。

「どうした?」

しかし、至って普通の反応のヴィンセントにユフィは不満を露わにする。

「どうしたじゃないっての!なんかこう・・・ないの?」
「なんかとは?」
「こう、さ・・・胸がときめくとかドキドキするとかさー」
「何に対して?」
「あーっ!もういいよ!」

ユフィは盛大に溜息をついてヴィンセントの隣に深く座り込む。
どうしてユフィが不満がるのか判らず、ヴィンセントは尋ねた。

「ユフィ、一体何だと言うんだ?」
「んー?別に。ちょっと実験してみたかっただけ」
「実験?」
「男の人の耳元で甘く囁けばイチコロみたいな事聞いたから本当なのかなーって」
「そして上手く行けばマテリアを頂戴すると?」
「そういうこと」
「残念だったな」
「ホントに。ちょっとくらいは引っかかれよ」
「このくらいで引っかかていてはタークスにはなれん」
「元伝説のタークスが裏目に出たか・・・」
















別の日


ユフィはWROの休憩室で雑誌を読んでいた。
休憩室に他に人はいない。
だが、そこにヴィンセントが入室してくる。

「おー、ヴィンセント」
「お前も休憩か?」
「うん」

ヴィンセントから雑誌に視線を戻して再び読み始めるユフィ。
何を読んでいるのか気になってユフィの後ろに立って軽く覗きこむ。
その時、とある悪戯心がヴィンセントを動かした。

「可愛いな、ユフィ」
「ふえっ!!?」

耳元で囁かれて思わず素っ頓狂な声を上げる。
振り返ったユフィの顔は真っ赤で、作戦通りとヴィンセントは内心ニヤリと笑う。

「これが」

そう言ってヴィンセントが指差したのはユフィが開いている雑誌の猫の特集ページの三毛猫だった。

「そ、そっちかよ・・・」
「期待したか?」
「べ、別に!ていうか、いきなり耳元で囁くなよ!びっくりするじゃんか!}
「この間、私の耳元で囁いて来たのは誰だ?」
「あれは実験だからいーの!」

相変わらずの一方的な主張にマントの下で苦笑する。
しかし、先程の反応が楽しくてもっと苛めたくなった。
ヴィンセントはユフィの隣に座る。

「もう実験はしないのか?」
「だって通用しないって判ったもん」
「私限定か?」
「うん。アレでヴィンセント落とせたら面白いなーって」
「しかし、実際は落とせなくてさぞかしつまらなかっただろうな」
「うん。超つまんなかった」
「レクチャーしてやろうか?」
「・・・なんか企んでそうだからいい」

いつもだったらユフィが何か企んでヴィンセントが嫌がるのだが、今は立場が逆転している。
ヴィンセントが企み、ユフィが嫌がる。
この状況を仲間たちが見たら驚く事間違いなしだろう。

「珍しくつれないな」
「そう簡単につられてたまるかっての」
「お前も成長したな」
「アタシだっていつまでも子どもじゃないし。もう魅力的な大人です〜」
「なら、試していいか―――?」

え、と声を漏らして振り返れば、意外にも近くにヴィンセントの顔があった。
目は切なげに細められており、ユフィに何かを訴えかける。
とにかく何か言葉を発しようとした時、徐に抱きつかれた。

「ヴィ、ヴィンセント・・・!?」

名前を呼んでみるが返事はない。
その代わりとして肩口に顔を押し付けられる。

「お、おい!なんとか言えよ!」

相手に聞こえているのではないかと思うくらい五月蝿い鼓動を聞かれないようにわざと声を上げる。
そこでようやっと、ヴィンセントのくぐもった声が返ってきた。

「ユフィ・・・」

しかし、その声はどこか甘く、縋っているようにも求めているようにも聞こえた。
そんな声の所為か、ユフィは言葉を紡ぎ出せずにいた。
その様子に内心満足しながら止めの一言をユフィの耳元で囁く。

「好きだ」

ユフィの体がピクリと揺れて固まるのが伝わる。
小さく笑みを零すが、悪戯を暴かれては元も子もないので表面上は無表情に戻す。
そうした所でユフィから体を離してその顔を拝む。
ユフィは耳まで顔を真っ赤にし、何も言葉が出ないのか、口をパクパクと動かしている。
これらの反応に抑えていた笑みが微かに零れる。
あともう少し―――。

「ユフィは?」
「え・・・?」
「ユフィはどうなんだ?」
「あ、アタシ・・・」
「嫌か?」

わざとこんな質問をして答えを急がせる。
うん、性質が悪い。

「そ、そんな事ある訳ないだろ!!」
「なら、好きなんだな?」
「え・・・っと・・・その、まぁ―――・・・」
「ありがとう、ユフィ」

微笑んで再びユフィを抱きしめる。
ユフィはされるがままだった。

「お前なら受け入れてくれると信じていた」

耳元で囁かれるヴィンセントの言葉の一つ一つが脳に響いてユフィを痺れさせる。

「アイシクルキャットの良さを」

流石にこれは響かなかった。

「・・・・・・ん?」

ゆっくりと体を離してヴィンセントを見る。
ヴィンセントはそれはそれは愉快そうな表情を浮かべていた。
そして左腕が伸びているのに気が付き、そちらに視線を移してみると―――先程の猫の特集ページを指しているそれ。

「私はアイシクルキャットが好きなのだが中々判ってくれる者がいなくてな。お前も好きで安心した」
「・・・・・・」
「ユフィ?」
「こんの・・・ムッツリスケベーー!!!!」

ユフィは顔を真っ赤にして叫んだ。
予想通りの反応にヴィンセントはとうとう吹き出した。

「ククク・・・」
「笑うなこんにゃろ〜〜!!!」

そのまましばらくユフィの怒声は休憩室に響くのだった。














そして休憩室の外。


「・・・今度から二人には別の部屋で休憩してもらいましょう」
「ああ。これじゃ休憩出来るものも出来ないな」

休憩出来なくてルーイ姉妹が溜息をついているのだった。

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