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□触れる、振れる。
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ユフィ視点








沢山の人の声や軽快な音が飛び交う夏祭り。
でも、今のアタシにはそんなものは遠くに聞こえる。
握られている手に柄にもなくドキドキして、心臓の音の方がうるさかった。
それを紛らわすつもりで握られていない方の手が持っているリンゴ飴を少し舐める。

「まだ少し固いな」
「どうかしたか?」

アタシの呟きが聞こえたのか、アタシの手を握って引っ張ってる男―――ヴィンセントが振り返って尋ねた。
アタシは慌てて首を横に振る。

「う、ううん!人凄いな〜って」
「そうか。もう少しだから我慢してくれ」
「はいよ〜」

素直にリンゴ飴の飴がまだ固いって言えばいいのに意味のない嘘をついた。
理由は簡単、急にこっちを振り向かれて焦ったから。
それでもなんとか誤魔化せて、再びヴィンセントに手を引かれて歩き出す。
目指す場所は境内で、そこまではこの人ごみを真っ直ぐ進むしかない。
他から抜けて行こうにも人や露店が邪魔して抜け出せる事が出来ないのだ。

一本道で、一方通行。

まるで今のアタシみたい。
アタシはヴィンセントの事が好きで、でもそれはアタシの一方的な片想い。
だってヴィンセントのアタシに対する気持ちは友達だもん・・・多分。











少しして境内に着いて石段に二人で並んで座る。
そこはさっき通って来た道と違ってとても静かだった。
人も全くと言っていいほどいなくて、二人っきりだと思うとドキドキする。
それを紛らわす為にまたリンゴ飴を舐めた。
飴はほんの少し柔らかくなってて溶けかけてるのが判った。
溶けて指に流れて来るのが嫌だから早く食べ終わろうと思った時、隣から視線を感じた。

「?」

見ると、ヴィンセントがこちらを見ていた。
厳密に言うと、アタシじゃなくてアタシの持ってるリンゴ飴を見ていた。

「何?」
「いや・・・少しリンゴ飴が食べたくなってな」
「ふーん。じゃあ、食べる?」

すると、ヴィンセントの動きが少し止まったように見えた。
けれどそれは一瞬で、すぐにヴィンセントは「いいのか?」と尋ねてきた。

「いいよ。早くリンゴの部分食べたいし」
「そう、か」

はい、と言ってリンゴ飴を差し出す。
ヴィンセントは受け取ろうとするが、その手の動きは遅い。




そしてその手がリンゴ飴じゃなくてアタシの手を掴んだのは花火が夜空に咲くのと同時だった。
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