伝記

□ありがちなネタ後編
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「っ!マズイ!!」

ヴィンセントにしては珍しく焦った声を上げる。
それもその筈、積み上げられていた木箱がバランスを崩してデリンの上に降り注ごうとしていたからだ。

「う、わぁあああ!!!?」

デリンは避ける事が出来ずにその場にしゃがんで己の頭を覆う。
当然そんな事をしても大惨事は免れない。
デリンを庇おうとヴィンセントが走りだそうとするが、それよりも早くユフィがデリンの元へと走り寄った。

「ユフィ!!」

ユフィがデリンの上に覆い被さるのと同時にいくつもの木箱が降り注いでユフィたちを隠す。
ドガンッ!ガラン!と激しい音が船内に鳴り響き、その後に一瞬の静寂が訪れる。

「・・・」

「ん?君、そこで何をしているんだ?ここは関係者以外立ち入り禁止だぞ」

たまたま通りかかった船員が部屋に入って声をかけると、ヴィンセントはハッと我に返って木箱をどかし始めた。

「知り合いと子供が木箱の下敷きになった。今すぐ助けを呼んで欲しい」
「な、何だって!?ちょっと待ってろ!!」

事故を把握した船員はすぐに貨物室から出て助けを呼びに行った。
それからユフィとデリンが救出されたのは十分から十五分後の事だった。
ユフィが庇ったのもあってデリンは無傷だったが、ユフィは頭から血を流していた。

「・・・!」

それを見たヴィンセントの脳裏を最悪の事態が過ったが、すぐさまそれを頭からかき消してユフィにケアルを唱える。
傷は塞がり、血も拭ってユフィを揺り起こすがユフィは目覚めない。
早く医者に見せたいがここは船の上。
どうする事も出来ない。
けれど幸運な事にウータイ到着はもうすぐだった。
とりあえずはユフィを部屋のベッドの上に横たわらせ、ひたすら到着するのを待つヴィンセント。

「ユフィ・・・」

何も出来ず、無力な自分をヴィンセントは心底呪った。










船がウータイに到着してヴィンセントは急いで船から降りて病院を目指した。
医者に事の経緯を説明して検査をしてもらった所、幸い異常は見られず、命に別状はないと診断された。
しかし大事を取って今日は病院で一日入院する事となった。
ユフィの目は閉じられており、目覚める気配はあまり感じられない。

(また記憶を失っていたとしたら・・・)

この間の時のようにまたユフィが記憶を失っていたとしたらどうしようか。
いや、答えなんて既に出ている。
例えユフィが再び記憶喪失になっていたとしても自分はユフィの傍にいる、決して離れない。
どんなに記憶を失ってもユフィはユフィだ。
それに、そうなったとしてもまた同じように色々な事を教えてあげればいい。
仲間との絆、自分との愛情を芽生えさせ、育めばいい。
だから―――

「起きろ、ユフィ」

願いを込めてユフィの頬に口付けをする。
遠い昔に読んだ本の王子のキスで姫が目を覚ます、なんてものが思い出されるが、自分が王子だなんて甚だおかしい。
自分はただの穢れた獣だ。
けれどそんな獣でも愛する者が目覚めるのを願いたい。
そんな想いを巡らせながらそっと唇を離すと、不意にユフィの睫毛が動いた。

「ん・・んん・・・:
「ユフィ・・・?」
「んぁ・・・ヴィン・・・セント?」

瞼を開いたユフィはゆっくりと起き上がり、ヴィンセントの名前を呼んだ。
待ち望んだ声に呼ばれて、それだけでヴィンセントの胸は満たされる。

「大丈夫か?」
「うん・・・」
「どこか痛い所は?」
「ない・・・ここウータイ?」
「そうだ」
「ふーん・・・じゃあ、三献茶屋のおはぎ食べに行かなきゃだね」
「ユフィ・・・?」
「それから水神様の神社でお参りして帰りに芋ようかん買わなくちゃ」

今ユフィが言った事の全てはまだヴィンセントが教えていないものだった。
ウータイに着いたら順を追って説明していくつもりだったのだが、その前にユフィが全部言ってしまった。
つまりこれは―――

「・・・記憶が戻ったのか?」
「ま、そんな感じかな」

ニカッと笑うユフィに心から安堵をして、ヴィンセントはユフィの肩に手を置いた。
何事かを感じ取ったユフィはやや照れ臭そうにしながら言い放つ。

「ただいま、ヴィンセント」
「ああ、お帰り―――ユフィ」

見つめ合い、ゆっくりと目を閉じて段々と近くなる二人の顔。
が、騒々しい音に二人はハッと我に返り、扉の方を見た。
すると―――

「ユフィ!怪我をしたというのは本当か!?頭は大丈夫なのか!?」

息を乱して慌てて入ってきたゴドーにユフィは腹の底から溜息を吐いた。

「はぁ・・・帰れよ、親父」
「何っ!?心配して来てやったというのにその態度は何じゃ!!」
「うっさいなー。ていうかここ病院なんだから静かにしろよな」
「全く、お前という奴は―――」

ゴドーとユフィの親子喧嘩が始まり、ヴィンセントは完全に蚊帳の外状態となる。
しかし、戻ってきたユフィにヴィンセントはもう一度安堵してユフィを優しく見守るのだった。








END
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