伝記

□婿候補の1
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「お願いヴィンセント!何も言わずアタシの婿になって!!」

WROの休憩室にて、コーヒーを飲んでいたヴィンセントにユフィは顔の前で両手を合わせてそう叫んだ。
突然そんな事を言われたヴィンセントはコーヒーの入った紙コップをバシャッ、と溢し、ルーイ姉妹は煎餅をポロッと落とした。
更にはヴィンセントに本を渡しに来たケット・シーはその本をドサッと落としてしまう。
もっと言うと男性隊員は白い灰となり、女性隊員はポカーンと口を開けたまま動かなくなってしまった。
何の反応もないヴィンセントに疑問を持ってユフィは片目を開けて様子を伺う。

「ん?あれ?」

もう片方の目も開けてキョロキョロと周りを見回すユフィ。
休憩室の時は完全に止まっていたが、ユフィが次に何か言葉を発しようとした瞬間にそれは一気に動き出した。

「ユフィ!爆弾宣言とはやるな!!」
「おめでとうございます、式はどこであげるんですか?やはりウータイですか?
 披露宴ではウェディングドレスを着るんですか?それとも別の着物に着替えるんですか?」
「ちょぉ待ちーや!何で一言相談してくれなかったんですか!?そしたら冷やか―――アドバイスしたっちゅーに!
 あ、結婚式の時は本体共々来るんで是非招待して下さい!良かったら仲人しまっせ!」
「うぁあああああああ!!!ユフィさ〜〜〜〜〜〜んんん!!!!」
「まだ・・・まだ俺はアナタにこの気持ちを伝えてませ〜〜ん!!」
「ユフィさん抜け駆けはズルいですよ!」
「そうですよ!ブーケは私に向けて投げて下さいね!」
「アンタそっち!?」

一気に休憩室は騒がしくなり、様々な言葉がユフィとヴィンセントの前に飛び交う。
そこでようやっと思考が働き出したヴィンセントは言葉を選びながらユフィに質問をした。

「・・・婿になれ、とは・・・どういう意味だ?」
「そのまんまの意味だよ。アタシの婿になってよ。まぁ、正確には婿候補かな」
「ちゃんと最初から正確に言え。意味合いが違ってくる」
「まーまー、そんな細かい事は気にしないでサ。んでなってくれるの?なってくれるよね?」
「理由も聞かずになれる訳がないだろう。大体お前もウータイの未来を共に支えていく伴侶をそんな適当に選んでいいのか?」
「そりゃアタシだって好きになった奴と結婚したいよ。でもちょっとメンドーな事になっちゃってさ〜」
「面倒な事?」
「実は―――」






*****


時は数日前に遡る。

「親父!!!」

ウータイのユフィの実家にて、ユフィはゴドーの部屋の襖をバンッ!と勢いをつけて強く開いた。
険しい顔の娘に構わずゴドーは「おおユフィ、帰ったか」と呑気にお茶を啜る。

「『おおユフィ、帰ったか』じゃねーよ!!この間の電話のアレ!一体どーいう事だよ!!?」
「どーもこーもそういう事じゃ」
「ふざけんな!!アタシまだ結婚する気ないっての!!」
「ワシかてお前にはまだ早いと思っとるわ」
「じゃあ何でお見合いなんてやる事になったんだよ?」
「仕方ないじゃろ、お前と結婚したいと名乗りでた男が数名いたんじゃから」
「断れよ!アタシはまだそんな歳じゃないって!興味ないって!」
「言ったぞ、でもど〜〜〜してもと言うから仕方なく見合いをしようと言う事になったんじゃ」
「こんのダメ親父!!な〜にがど〜〜〜してもだよ!どーせ断るのが面倒になってアタシに全部ぶん投げたんだろ!」
「ま、とにかく見合いはしばらくかかると思うから有給を取っておくんじゃぞ」

締めにお茶を啜るゴドーにユフィは前身をプルプルと震わせ、ブチ切れる5秒前であった。


*****






「―――ってな訳でさぁ」
「・・・それでいいのか?お前の父親は」
「でしょー!?そう思うでしょー!?ほんっとろくでなし親父なんだからっ!!」
「でも、お見合いするだけなら何故ヴィンセントを婿候補にする必要があるんですか?」

シェルクの最もな問いにユフィは重い溜息を吐きながら苦々しく答えた。

「アタシと結婚したいって奴が四人もいるんだって。お見合いと銘打って婿候補バトルすんの。
 そのバトルに勝利した奴が晴れてアタシと結婚出来るって訳。
 そこでヴィンセントに婿候補に立候補して優勝してもらって、アタシのお婿さん(仮)になってもらうの。
 んで、アタシに本気で好きな人が出来たらヴィンセントにはお婿さん(仮)の座から降りてもらう訳」
「随分都合がいいな」

ヴィンセントの当然の指摘にユフィはやや俯きながらブツブツと不満を並べた。

「アタシだってやだよ。でもこうでもしないと即交際だの結婚だのになっちゃうんだもん」
「誰かが婿になったとしてもお前が断ればそれで済む話だろう」
「そりゃそうだけどもしもって事があんじゃん?アタシの意見を聞かないで強引に結婚とかになる可能性もあるじゃん?」

ユフィは冒頭と同じようにパンッと顔の前で両手を合わせると深々と頭を下げて必死にヴィンセントに乞うた。

「だからお願い!都合良いのは判ってるし利用するのも悪いと思ってる!
 でもアタシを、ひいてはウータイを助ける為と思ってアタシの婿候補になって!
 勿論お礼とかするから!美味しいお酒も用意するし美味しいご飯だって作るしなんだってするからさ!」
「・・・ご飯は遠慮しておこう」
「あー!何だよ最初の間は!?アタシちゃんとご飯作れるんだかんね!ティファのお墨付きなんだから!!」
「冗談だろう?」
「冗談じゃないっての!!」

からかってくるヴィンセントにユフィは猛抗議をする。
その様子をそれはそれは楽しそうに見ていたシャルアがヴィンセントに尋ねた。

「それでヴィンセント、どうするんだ?婿候補になるのか?」
「私は―――」
「減るもんじゃないですし、行ってくればいいじゃないですか」
「しかし―――」
「シェルクの言う通りだ。それにユフィもお礼はするって言ってるんだし、そのくらいいいだろ」
「だが―――」
「仕事なら心配せーへんでも今は急ぎの任務はあらへんし、バカンスも兼ねて行って来たらええやないですか」
「私の話しを―――」
「何グダグダ言ってるんですかヴィンセントさん!」
「そうですよ!(俺達の)ユフィさんが困ってるんだから助けてあげましょうよ!仲間でしょ!?」
「ヴィンセントさんを取られるのは悔しいですけどだからって見過ごすのはあまりにも可哀想ですよ!」
「そうですよ!それにユフィさんは―――もがっ」
「アンタは黙ってなさい」

何かを言おうとした女性隊員Bの口を女性隊員Aが塞ぐ。
周りに押され、チラリとユフィに視線を向ければ眉をハの字にして上目遣いで見上げてきていた。
こうなるともう嫌とは言えない。
強く断れない自分を褒めるべきか呪うべきか迷いながらヴィンセントは仕方なくユフィのお願いを承諾する事にした。

「・・・・・・仕方あるまい」
「よっしゃあ!!さっすがヴィンセント!!!」

勢い良く飛びついてきたユフィにバランスを崩しながらもヴィンセントは頭の片隅でぼんやりとこんな事を思った。

(亀道楽で豚の角煮とひじき・・・それからウータイ酒を飲むか。締めは梅茶漬けだな)












続く

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