伝記
□婿候補の3
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ウータイに到着したその日はユフィの家に泊まり、次の日にユフィの実家へと赴いた。
正装すべきかと尋ねたがそんなものをしなくてもいいと言われ、いつも通りの格好で出向く事にした。
「ん?ユフィ、何故ヴィンセント殿がここに?」
「婿候補として来てもらったんだよ」
「何っ!?婿候補としてか!?」
「(仮)だがな」
「これはこれはヴィンセント殿、面倒事に巻き込んですまなんだ」
「いや、私もユフィにはよく世話になっているからその礼だ」
「それに面倒事って親父が断んなかったのがいけないんだろ!」
「浮いた話しを聞かないお前の為を思ってもあるんじゃ。それが分からんのか、この親不孝者め!」
「な〜にがお前の為を思ってだ!クソ親父!!」
「ユフィ、よさないか」
「だって!」
「とりあえず話しはここまでじゃ。他の婿候補の者たちを待たせているから入るぞ」
それまで“普通の父親”の顔をしていたゴドーは“統治者としての”顔つきに変わり、厳かな雰囲気を発し始めた。
流石のユフィも開きかけていた口を噤み、同じく次期当主としての顔つきに変わった。
ウータイ当主と次期当主の顔に泥を塗らない為にもヴィンセントも纏う空気を変える。
たとえ仮の婿候補だとしても―――。
ガラッと襖が開かれ、ゴドー、ユフィ、ヴィンセントの順に入室して置かれた3つの座布団に座って行く。
三人の目の前には四人の男たち座っており、それが今回のユフィの婿候補として名乗り出た男たちであった。
ユフィと年齢が変わらない少年が二人、ヴィンセントに外見年齢に近い男が一人、ゴドーと同年代と思われる男が一人。
何やら一癖二癖ありそうな連中だが、自分も人の事は言えないので胸の内に留めておく。
腕を組んだゴドーが全員に目配せをし、一つ咳払いをしてから口を開いた。
「皆、よく集まってくれた。これより、我が娘にして次期当主となるユフィ・キサラギの婿を取り決める。
どのようにして決めるかはユフィが決める。各々、どのような内容であっても正々堂々と挑むように。
ではまず最初にロート殿、君から順に名乗っていきたまえ」
「よしきた!」
ユフィたちから見て一番左に座っていた金髪の少年―――ロートは元気よく返事をするとこれまた元気よく名乗った。
「俺はロート・クロイツ!アイシクルじゃ名のしれたクロイツ商会の一人息子、言わば御曹司だ!
今回ユフィちゃんの婿に名乗りでたのは、一重にユフィちゃんに一目惚れしたからだ!そんな訳で宜しく、ユフィちゃん!」
ニカッと太陽を思わせるような笑顔を向けてユフィに手を振るが、ユフィは「ああ、うん」と返すだけだった。
少し反応に困っているようである。
ロートの自己紹介が終わり、次は立派なスーツに眼鏡をかけたブロンドの髪の青年が名乗りでた。
「私はエスティー・ジェラルド。ジュノンで薬品の開発から販売までを手がけているジェラルド社の社長をしています。
以前にウータイに滞在していた事がありまして、その時のこの土地の自然や人柄に触れて私は感動しました。
ジュノンやエッジなどの都会の人間は冷たく、むしろ荒んでいるという印象を受けます。
けれどウータイの方たちは誰もが優しく気さくで温かく迎えてくれます。
そんなウータイを、そしてウータイを誰よりも愛しているユフィさんを支えたくて私は婿として名乗り出ました。
どうか何卒宜しくお願い致します」
まるで面接の志望動機のような語りにユフィは一瞥をくれるだけで終わりにした。
人を見かけで判断してはいけないが、エスティーの穏やかな表情にどこか胡散臭さを感じる。
最近ウータイと取引をしたがっているという前情報があったからというのもあるだろうが。
エスティーの次に、深緑の着物に黒の羽織を着た少年に視線を移すと少年はかいた胡座の膝の部分に手を置いて言った。
「改めて名乗らせていただきます。
名はアラシ、生まれはミナヅキ。ウータイの海を護るウータイ水軍新月隊第35代目頭目にしてミナヅキ家当主にございます。
今回はユフィ嬢の婿になりたく馳せ参じました。ゴドーの叔父貴、ユフィ嬢、何卒お見知り置きを」
力強く、そして深々と頭を下げて言い放つその様はまるで時代劇を見ているかのようだった。
しかもユフィの従兄弟というだけでなく、ウータイの海を護る水軍の頭目だという事に驚きを隠せなかった。
ユフィとそう歳も変わらないのに水軍の頭目や家の当主を務めているとは大したものである。
「・・・宜しくね、アラシ」
ユフィは次期当主としての顔つきで重々しくアラシに向かって言い放った。
その言葉には一体どんな感情が込められているのか、ヴィンセントには計り知れなかった。