異端の神

□出だしを思いめぐらせば
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彼女の前に座っている彼は、珍しいことに困惑していた。

その原因は、彼らの眼前、ふたりの間で、呑気な仕草で首の辺りを後ろ足でわしゃわしゃと掻いている。

真っ白な毛並みで全身を覆われたその生き物は、大きな猫か小さな犬ほどの体躯をしている。長い耳が後ろに流れて、同じく長い尻尾がひょんひょんと揺れる。

欠伸をして長々と寝そべる姿は、本当にただの動物だ。

首周りを一巡する勾玉に似た突起は赤く、額に花のような紅い模様がある。

うつらうつらと昼寝に入って閉じられた瞼の下に隠された瞳は、紅い色をしているのだ。

しばらく黙然とそれを凝視していた彼は、半眼をめぐらせた。

「………おい、昌浩」

呼ばれた昌浩は、眉間にしわを寄せて書物とにらめっこをしている最中だった。

彼が今、手にしているのは陰陽の蔵書の一種で、道具を使った術の言わば実用書である。

「っかしいなぁ。これで合ってるはずなんだけど。んー…」

書面から、寝そべっている生き物に目を移す。

この生き物を、昌浩はいつも物の怪のもっくんと呼んでいる。本来の意味として『物の怪』という呼称はそぐわないのだが、響きがぴったりだと思っている昌浩は、物の怪のもっくんで押し通した。今では異論を唱えるものはいない。本人以外には。

「まぁ…今のところ別に問題はないのだから、焦らなくてもいいんじゃない?」
「待て、星華」
「そうだよね。大丈夫。後でちゃんとどうにかするから。あ、でも」

星華の言葉に昌浩は頷くと、再び書面を睨んで、続けた。

「解除法がわかるまでは、混乱するからそのままでいてね、紅蓮」
「こら」

間髪入れずに異議を唱えて、十二神将騰蛇は片眉を上げた。



















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