原作

□夜熱
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夏の猛々しい日輪は
地平に向かうに連れ
その姿を押し潰し、終い
黄卵の如き色を成して
地平に溶け行く。

薄暗い庭より
涼やかな風が通る様に
なった縁側へ
座を移さんかと伺えば、
「あァ、ヅラ。」
ほろ酔いで多少、呂律の
回らぬ様になった舌が
機嫌良く返答して来た。

温い空気に立ち込める
夏特有の、何処か
懐かしい匂い。
目前には、煙が二筋
細く揺らめき昇る。

一ツは、蚊取り線香の。
もう一ツは、横隣の男・
高杉晋助がくわえる、
朱い煙管の先からの。




葉月十日。
今日は高杉の、
生誕日なのであった。
「逢いたくあらば
何時でも俺の下に来い。」
以前そうは言ったが、
良く考えてみずとも
これは、甚だ横柄な
物言いでは無いか。

この掛け替えの無い
愛しき者ばかりを、俺は
毎度毎度、捕縛の危険に
晒しているのだ。
その事は大分前から、
少なからず
気になっていた。

せめて、この特別な日には
己から。
高杉の潜伏場所の調べは
もう付けて有る。
何しろ血の気の多い、
問答の通らぬ輩が多く
集う処だ。こちらも
それなりに、対処を
せねばならない。

俺は、以前
元お庭番衆の者より
譲り受けた隠密装束に
三たび目、袖を通した。
この黄ばんだ白とやらが
何と言うかこう
良い案配に、
身を紛らわせてくれるに
違いないのだ。

そんなこんな準備を
していると、

コツコツ。

戸口を煙管の背で叩く、
馴染みの物音。

ああ、また来させて
しまったか。

俺は溜息付けど、それでも
心踊るは止められず
脚を運ぶ。
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