原作

□秋宵
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鮮やかな百日紅のいろ
薄闇の藍に溶け

澄みきった虫のこえ
涼やかな夕風に流るる。

持ち主の意趣か。
情景に現れる四季折々の
変化をつぶさに感じ、
楽しむ事叶う。
こじんまりとしては
居るが、そんな庭を
桂の住み処は有していた。

その景色に溶け込む様な
縁側挟んだ日本間に、
空を見上げる二人の男。
桂小太郎と、高杉晋助。



話は昨日の十五夜に遡る。
今年は、生憎の空模様に
見舞われてしまった。
厚い雲より降つる雨滴は、
晴れ姿見せられぬ
中秋の名月の悲涙だろう。
酒に団子、ススキまで
用意していた桂は
至極無念そうな顔を
見せた(なかなかに行事
好きなのだ、この男は)。
だが共に月見をせんと
来訪していた高杉は、
「なに。秋月ってなァ、
ちィと欠けてる位が
控え目で風情が有るって
もんさ。」
事も無げにこう言うと、
傍らの団子を一ツ
ポイと口に頬張り
「甘ェ。」顔をしかめた。


それから一日を経て、

月明星稀――
今宵は正に、広く知られる
短歌行の如き空となった。

団子は固くなる前に
昼間食べてしまったから、
酒のみの月見だ。
それでも、ススキを飾り
睦物語に花を咲かせつつ
二人、楽しむ。
遥か虚空の月も、当夜に
引けを取るまいと
皓皓たる白光を闇空に
投げ掛けていた。
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