原作

□佳辰
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あけびの蔓巻く垣根を
曲がれば、ヅラの家迄
もうすぐだ。
久方振りに見るそれは、
初夏の照らしと
梅雨の潤しとを受けて、
小さくも実りを
結び始めていた。

手に下げた、祝い酒の
重みが嬉しい。
スウ、ハアと息をする。
澱みを知らぬ空気が、
煙管に爛れた肺臓へ
ヒイヤリと流れ込んだ。
人影皆無の軒並みに
烏声高く響き渡る、
今 朝朗の刻。



昨年みてェなヘマはすまい(そうとも思い起こすだけで糞ッタレだ)。
今日と言う日の
会合やらは、始めから
全て蹴った。
そりゃア周りは
五月蝿ェのなんの。
しかし万斉が一言、
音締めでござる」。
すると皆、急に大人しく
なりやがった。

何が何だか解らねェ。
街道迄送り出して来る
万斉に問えば、
奴は何時もの無表情を
フと緩ませて
「あながち嘘をついても
ござらんよ。
さ、道中くれぐれも
ぬからずにな。」

何だってンだ。
有難ェ、けどよ。


毎度、行き当たり
ばったりなのもいけねェ。
だから半月も前に、予め
話も付けておいた。
電話の向こうのヅラは
最初驚いた風だったが
徐々に声音は嬉々として、
「既に入ってしまった
バイトだけは断れんが、
それも明け方には終る。
後はすっかり開けて
お前を待ち侘びようぞ。」

…だ、そうだ。
そして、このやり取りで
今回俺の贈るものも
決まったのさ。



※音締め…音の調子を合わせる為、三味線等の糸を締めること。
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