原作

□被襟
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カタン。
我が家の障子戸を
大きく開け放ち
外を見遣れば、
辺りは一面陽光に
力強く照らされ輝き、
蝉時雨も更に賑わしい。
正に夏日だ。


さて。今日は高杉の
生誕日ともなれば、
常時胸に成竹有らんとす
己が心も、些か逸る。

昨年同様、郷里から
取り寄せた酒は
しっかりと冷やして
あるし、つまみの
仕込みも万全だ。
幾つか作り置いた中でも
特に、旬の南瓜と茄子を
使った冷製の煮物などは
我ながら美味だと思う。

鰹節で丁寧に取った
出汁に醤油・みりんを
加え、南瓜を煮込む。
一方、予め網焼きした
茄子は、煮るのでは無く
じっくりと漬け込む事で
豊潤な旨味と
仄かな甘味とを染ませる。

最後、それらを
冷やして仕上げた
この暑気を払う一品は、
冷酒と実によく合う。
好みに五月蝿い
あ奴の箸も、きっと
進む事だろう。

そこで俺は、つい
浮つかせていた意識を
ハッと取り戻す。
肝心の高杉の到着が、
約束の刻より少々
遅れているのだ。
大丈夫だろうか――


そんなせわしない心で
眺め続ける、酷暑の庭。

すると板屏の向こうに
人の歩む気配。
期待通りに程無く
道端へ通ずる古木戸は
見慣れし華奢な手で
ぐ、と半ばぞんざいに
押され、軋み開いた。

「高杉!」
「…よォ。」
傘上げ見せたかんばせは
この暑さで朱く火照り、
流れる汗は滝の如くだ。

「暑い中を、本当に
よくぞ来てくれたな。
さ、上がってくれ。」

すると高杉は足取り
ふらつかせつつも
こちらへ歩み、
草履を毟る様に
脱ぎ捨てるとそのまま
縁側の上、俯せに
伸びてしまった。

「だ・大丈夫か!」
思わず度を失い掛けた
俺に、相手は何時に無く
ダレた表情で一言、
「…暑ちィ。」

俺は、ふぅと
溜息をついた。
別に熱中症だと言う
訳でも無く、只へばって
いるだけなのだこれは。

「今、冷たい物を
持って来てやるから
とにかく、ちゃんと
座敷に上がらんか。」
「…手前ェが既に
冷てーよ。」

そう、怨みがましい眼で
ジロリと睨まれたら、
よいしょと抱き上げて
座敷迄運ぶしか
無いではないか、全く。
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