原作

□祭日
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叫ぶ掛け声わっしょいと
囃子の響き笛太鼓
祭の熱気は勢い増して
高き天にも届かんばかり
―――

目前を大きな神輿が
通り過ぎて行く。
担ぎ手は勿論、
三度の飯より祭が好きな
江戸っ子共。
沿道には、興奮に沸き返る
これまた威勢の良い
観衆が溢れんばかりだ。
今日は、かぶき町近くに
建立する神社の
秋の祭礼日なのであった。

そんな賑わいの中
傘に隠したその面を、
甚だしく渋らせる者が
只一人。
鬼兵隊首領・高杉晋助で
ある。
「チッ。やっとこさの寸暇が
何だってこんな
五月蝿ェコトに
なりやがってンだ…」

喧騒のそこここに、
真選組の特徴的な黒服が
見て取れる。以前己が
引き起こした平賀源外の
大騒動からこちら、
未だに江戸で祭と言えば
有無を言わさぬ
厳戒体制なのだ。

暇が無いのも、こうして
情処通いが困難なのも、
大方の原因は己自身の
過去に対する執着心に
有る。
されば何故にこう毎度、
そうして過去より
抜け出す事など到底
叶わぬのに
歩む道をも違える筈の
桂小太郎の元へ
脚が、心が向いて
堪らぬのかと言えば、
これもまた大方の因は
己の内に宿る、
過去に対する
狂おしきそれなので
あろう。

この瞳から覗く全てを
黒の一色に染め上げる
忌まわしき、記憶。

しかし、そこより
続くものが、今も
己を愛すると言うのだ。
全てを知った上で
己を受け入れ、
そして優しく
微笑み掛けて来るのだ。

包み込まれる暖かな
桂のかいなの中が
いつの間にか、
現し世ではとうに
失くした筈の
安堵の場となっていた。



混雑の隙間を探る高杉の
隻眼に、今度は装飾も
華やかな山車の姿が
飛び込んで来た。
法被姿の子供らが
上に乗り込み太鼓を叩き、
こちらも大した
賑わい振りだ。
「おさいせーん、
おさいせん」
山車を先導する
役目の内の一人は
賽銭箱を持たされ、
周囲への呼び掛けに
余念が無い。
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