原作

□鬼追
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待ち合わせは
甘味処―――――


路上吹き抜ける寒風に
負けじとはだけた胸元を
より反らして踏み込む
店内は、如何にも
女、子供が好むだろう
軟弱極まる作りである。
全くやり切れ無ェ、
世間に示す己の印象とは
丸っきり対極だと、
高杉晋助は人知れず
深い溜息を漏らした。

何より、天人の経営だ。

取り決めの電話にて、
お前がそんな場所を
選ぶとは一体どんな
風の吹き回しなんだと
問うたらば、何でも
その店は以前、向かいの
団子屋と派手に対決を
やらかし敗れてからは、
一向に閑古鳥なのだと。

成る程。無駄に広い店内は
只々ガランとして、
己以外はと言えば
脚を派手に露出した
ウェイトレスが数人、
うろうろと所在無さ気に
しているのみだ。
この点では、
世累に追われる己等が
密かに人待ちするのに
うってつけと言う訳か。

往来からは見え難い、
店内の奥まった一角。
高杉はそこに陣取ると
注文した空茶を前に
煙管を燻らせながら、
先刻より桂小太郎の
到着を待ち侘びていた。


「いらっしゃいませー。」
声に目線上げれば、
久々に見るその面差し。
編笠から零れる黒髪は
相変わらず見事に艶めき、
これまたやけに整った
中性的なかんばせが
こちらを認め、ニコリ微笑む。

「待たせてしまったか、
済まなんだな。」
「待っちゃいねェ。別に
約束の刻も過ぎて無ェしな。」

しかし手元の茶は、大分
ぬるまっている様子だ。

「フフ。元気そうだな、
何よりだ。」
全く、何時もながらの
この意地の張り様がまた、
愛しくてならない。
そんな想いに耽りつつ
桂は、高杉の向かいに
ゆったりと腰を下ろした。
「何か甘味は。
頼まんのか?」

高杉はケッ、と悪態を付くと
「甘ェモンなんざ
更々好きじゃ無ェ。
手前ェとの約束でも
無けりゃ、こんな店
決して入らねー所だ。」

「こ度は奢るぞ。
何、遠慮せずとも良い。
客脚は遠退いたものの、
此処の甘味も中々だと聞く。」
そう尚も注文を勧める
相手の顔目掛け、高杉は
フゥと白煙を
吹き掛けてやった。
「しつけェな。
手前ェも食わねーんなら
俺ァ、とっとと場所を
移してェんだがよ。」

桂は苦笑を漏らしつつ、
「そうか。いや、済まん。
ならば向かおう、
我が家へな。」
傍らの傘を取ると再び、
深々と被り直した。
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