原作

□華音
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春の陽気に促され
桜の花も盛りを迎え
高杉晋助は、もう
じっとしてはいられない。

去年の春に約束したのだ。
来年も、そのまた次も。
『桜景色を共に見よう。』
そう、桂と約束したのだ。

手元の携帯を、桂宛てに
鳴らす。
数回の呼び出し音の後、
留守伝の催促。
高杉は眉を顰め、
ブツリと電話を切った。
早く一緒に見なけりゃア、
花嵐で散っちまう。
いきなり押しかけたなら、
またアイツは度を超した
心配性を発揮するだろうが
何、この俺からの電話に
すぐ出やしねェ
てめーが悪いのさ。

「オイ、ちィと出て来ンぜ。」
そう、河上万斉に
声掛ける間にも忙しなく
編み傘の紐を結ぶ華奢な
背は、今回珍しくも
途中で呼び止められた。
「待て、晋助。」
「何だ。今日は別に
これと言った会合も
無ェだろう。」
「いや。これをきちんと、
持ち主に返すでござるよ。」
万斉の手元を見れば、
丁寧に折り畳まれた
藤色のちりめん風呂敷。
以前桂に煮物の折詰を
持たされた時、それを
包んでいたものだ。

「お前ェ…
気付いてやがったのか。」
幹部会合の後、高杉は
それを皆に振る舞った。
だが桂の手製とは言わず、
『新しく出た仕出し屋で
包んで来た』と嘘をつき
ごまかしたのだ。
皆は素直にそう信じ、
美味い、美味いと
箸を進めていたかの様に
見えた。
「他の者はいざ知らず、
あれはどうにも売り物の
洗練さには欠けていた。
しかし至極美味で
あったと、そう桂に
伝えて欲しいでござる。」

高杉はゆっくりと、
万斉の方へ向き直った。
しかし、視線は
暗い色眼鏡の奥潜む
その瞳とは合わせられずに
伏せられている。
「…何故、お前ェは
全てを承知の上で、
何時も、こんなに…」

顔を見ずとも、気配で
何時もは無表情なその男が
微笑んだ事が解った。
「終焉へ導かんとする
世界で、この様な想い
抱くは無駄であるのみと、
拙者はこれ迄己を
偽って来た。

…しかし、様々を経て
これも、あながち無駄では
無い事と確信した。」

「…‥。」

影になった部分から、
眼差しの優しい様子が
透けて見える。

「ぬしが心安らぐ様を
見るは、拙者も嬉しい…」

それ以上の言葉は胸の内、
密やかに響かせる。

このひとの心がこれ以上、
追い詰まる事の無い様に。
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