似非3Z

□For Deary
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桂がソワソワしている。
通学電車の、吊り広告だ。
『貴方に手作りバレンタイン!
○○社の××チョコレート』

隣、同じく吊り革に掴まりつつ高杉は、ハァーと盛大な溜息をついた。今年もこの時期がやって来たか…

毎年、それなりに評判な店のチョコを渡してはいる。しかし桂が”手作りチョコ”に憧れている事は、言わずとも目に見えていた。
(そんなン幻想なんだ。素人の手作りなんざより、職人が作った売りモンの方が何ぼも上等に決まってンだろうが。)

しかし、ロマンチストなので有る。
桂は、そう言った行事に関してはもう、こちらが気恥ずかしくなる程にロマンチストなのである。
手帳を開く。今年のバレンタインの前日・13日は、丁度日曜だ。高杉は、腹を決めた。


一人住まいのワンルーム。
玄関から部屋へと通ずる間に設けられたキッチンは、高杉の実家の立派なそれに比べなくとも、余りに簡易に過ぎる。だが、
「…やってやンぜ!!」
板チョコが詰まったスーパーの大袋を調理台にドサリと置くと、高杉は部屋着で有るスウェットの両袖を、華奢な二の腕が見える程に力強くたくし上げた。

「要は一旦溶かして、また固めりゃイイって話だろ。ハッ、単純過ぎてヘソで茶ァ沸かしちまうぜ。」
実際せせら笑いながら、行平鍋に板チョコを二〜三枚ドサドサと突っ込み、コンロの火に掛ける。道具は全て、百均で揃えた。普段自分で料理など更々やらぬ彼にとっては、そんな物はその場凌ぎの安物で充分なのである。

だが、どうも様子がおかしい。鍋の中のチョコレートは見る間に焦げ始め、ぶすぶすとかんばしくない煙を上げ始めた。

「ん、ちィと火が強すぎたか…」
慌てトロ火にするも、チョコレートの鍋への焦げ付きたるや、今や親の仇の如くだ。高杉は、頭を抱えた。

本なりネットなりの情報源に頼る事など、かったるくて一切頭に浮かばない彼で有る。暫く自力で悩んだ末、

「…そうだ。火で駄目なら、湯が有らァ…」

ようやくその考えに行き着き、チョコがこびり着いたままの行平鍋で、湯をぐらぐらに沸かす。
そこで火を止めボウルを浮かべ、再び板チョコを数枚、そのまま突っ込む。
大きな固まりは最初収まりが悪く難儀したが、構わずヘラで捏ねくり回している内に、ドロドロと良い塩梅に溶けて行った。
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