似非3Z

□王子ラプンツェル
1ページ/6ページ




トン。

夜の静寂を破る、微かな物音。机に向かっていた桂は読み掛けの本に栞を挟むと、開けた両開き窓の下方を覗く。

そこには案の定、こちらを見上げる高杉の姿が有った。朧げな光の中、カラーボールを片手でポンポンと弾ませているのが解る。

高杉が窓の縁をそれで叩くのは、夜遅くに彼が桂家の敷地に入り込み、離れの二階に有るこの部屋を訪ねて来る時の合図だった。高杉はまるで野良猫の様に、気が向けば朝な夕なフラリと桂の元へ押し掛ける。

「待っていろ。」
そっと声を掛けてから急ぎ階段を下り、扉を開ける。と、既にそちらに回り込んでいた相手は開口一番、
「手前ェ締め切りやがって、エアコン付けてるだろう。この御時世、節電しろよ。」

「あ…、いや、済まん。余りの暑さに、ついな…」
反省の色濃い桂を前に、高杉はクックと笑い
「ヅラはホント糞真面目だな。そう何でも額面通りに受け取ンじゃねーや。
実は涼みに来たンだからよ、俺ァ。」

高杉を中へ招き入れ、先に階段を上らせながら、桂は心配気に問う。
「どうした。また今月も、やり繰りが苦しいのか?」
「別に。こうやって、ちィと涼を貰えりゃ済む範疇さ。」

自由と引き換えに豪奢な生活を手放した高杉を、桂は常に気に掛けると共に、深く尊敬していた。彼の実家は、屋内プールすら持ち合わせて居ると言うのに。

「今日も、バイトの帰りなのか。」
「ふゥ、やっぱ涼しーな…。ん?アア、軽く風呂は浴びて来たがな。」
「お疲れ様、だな。今、茶でも持ってこよう。」
「何か小腹を満たすモンでもくれると、更に有難ェんだがな。」
「フフ、解った解った。」

下階の簡易キッチンで、夜食の用意をする桂。絹ごし豆腐を切り分けた小鉢に、刻んだ茗荷と鰹節を沿える。仕上げに麺つゆを掛けながら、その脳裏にふと、とある疑問が浮かんだ。

――高杉は一体、何のバイトをしているのだろう?

そう言えば今迄、聞いてみた事も無かった。桂は冷茶のクールポットにコップも二つ盆に乗せると、自部屋へと上がっていく。

「待たせたな。」
「アア、済まねェ…」
高杉はこちらに背を向けたまま、返事もそこそこだ。待っている間に勝手に拝借した、桂の古いゲーム機に夢中なのである。
次へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ