□お茶の時間
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学校が終わって帰ると銀時はいつも家にいた。別にわざわざ玄関で迎えてくれるわけじゃない。リビングに一番近い部屋でパソコンに向かって仕事をしているから、手を洗いにキッチンに行くときに見えるんだ。カチャカチャと一生懸命キーボードを叩いてて、それが凄く速くて。とても真剣に仕事をしているから、ただいまの挨拶をしていいのかわからなかった。

銀時は俺のお父さんじゃない。呼び捨てなのはそう呼んでと言われた為。俺はほんのちょっと前まで、施設で暮らしていた。生まれた時から左目がなく、それを気持ち悪がられて捨てられたんだと思う。どうして左目がないかはわからないけど、小学生になって自分が普通の子より劣っているんだと知っていろいろ納得した。
そんな俺を銀時は拾った。大人は皆、きとくな人だと言っていた。


「……あれ、晋助。帰ってきてたの?」

「あ、う、うん」

「おやつなら机の上にあるから。食べなさい」


一回手を止めた銀時が俺に気が付いて言った。無表情でどうでもよさそうにリビングを指差す。それからすぐにまた前を向いて手を動かし始めた。
銀時に引き取られて一ヶ月くらい。俺はどうして自分が引き取られたのかわからなかった。
ご飯やおやつのような身の回りのことは全部やってくれて、けれど行動は別々。ずっと家にいるお仕事をしていて、それ故にむしろ話さない。
知ってるのは後ろ姿と夜見る寝顔と笑わない顔だけ。

ランドセルを置いて椅子に座る。机の上には可愛いケーキが置いてあり、それとティーカップに紅茶のパックが入っていたのでポットでお湯を注いだ。


「……いただきます」


温かい紅茶と冷たいケーキ。フォークで大きく切って口に頬張る。とっても美味しいんだけど、何故かあんまり美味しくない。施設でたくさんの子達と食べていた市販のおやつより美味しいはずなのに。
どうして銀時は食べないんだろう。
甘いもの嫌いなのかな。
けれど、出てくるおやつは毎日甘いものだよね。
…俺と食べたくないからなのかな。いや、夕飯は一緒に食べてくれるじゃない。

どうして銀時は俺を引き取ったんだろう。
かわいそうって思ったから?


「………ッッ」


わかんなくて。ぼろぼろ出てくる涙をどうにかして止めようとたくさん目を擦った。泣いちゃ駄目だ。片目からだけの涙なんて。
気持ち悪くてまた捨てられちゃう。
施設は好きだったけれど戻りたくない。
俺だけを見てくれる人が欲しいから。



おやつを食べたあとは、夕飯の時間まで宿題をしていた。擦った目が痛くて、しぱしぱする。それでもなんとか文章を読んで書いていると銀時が部屋からリビングへと出てきた。


「…はぁー…ッッ。疲れたぁ。あ、宿題?」

「うん」

「そっか。夕飯さぁ、炒飯でいい?」

「うん、…あっ、」

「晋助は宿題やってていいよ」


立ち上がろうとすると静かに止められて、最低限の会話だけして今度はキッチンに行ってしまった。宿題なんて後でも出来るからお手伝いしたいってそれだけがずっと言えない。けれどわがままは駄目だから必死に鉛筆を動かした。
目、腫れてないよね。

夕飯はすぐに出来たみたいでスープと炒飯が運ばれてきた。慌ててノートや消しカスを回収すると焦らなくていいと無表情で言われてまた泣きそうになった。怒っているのかな。やっぱりお手伝いした方がよかったかもしれない。
視界がぼやける中なんとか机を綺麗にして食事が始まった。
食事の時間は好き。銀時が学校の事とか聞いてきてくれて、つっかえながらも喋る。仕事の話などを聞かせてくれる。やっぱり表情は変わらないけどその時だけは必要とされてる気がして楽しかった。

いろいろ喋る。
学校の友達。今日見た変な虫。施設での生活。特に施設の先生の話をしていると銀時が小さく微笑んだ。


「…!そ、それでなその先生が、」

「うん」


嬉しくなってその先生話ばかりしていると、時間はすぐに過ぎて最後まで銀時は優しく微笑んで聞いてくれていた。




夜。ベッドのお布団を整えていると銀時が一緒に手伝ってくれた。そうして、今日はそのまま一緒に寝ようと言って。なんでだろう。いつもなら仕事をしてるのに。
大きなベッドに二人で入る。向かい合うように寝るとぽんぽんと背中を叩かれた。こんなに近くにいるのは初めてで少し煙草の匂いがする。銀時はあやすように手を動かしながら困ったように俺を見た。


「…あ、煙草くさいか?」

「へ?いや、全然っ」

「そうか」


むしろ心地いい。
けれど何故かキョロキョロ動く銀時の目。何か言いにくそうに開閉する唇。嫌な雰囲気がしてぎゅっと手に力を込める。それからたっぷりと沈黙したあと、とうとう言葉が発せられた。


「あー……あれだ。晋助は施設に帰りたい?」

「……へ、」


どうして。
一ヶ月間暮らしてやっぱり俺は駄目な子だった?
申し訳なさそうな銀時の顔。不安が不安じゃなくなる感覚。
…また施設に戻される?


「……晋助?」

「……ッッい、やだよぉ…」

「え?」


施設は好きだ。一人にはならないから。
だけど、養子を探している人が俺を見る度に困った顔をする。目がなく奇妙な俺を育てると言ってくれる人はずっと居なかった。そんな俺に初めて手を伸ばしてくれた人なのに。やっぱり駄目なの?


「……捨てない、で…ッッ」

「ちょ、えっ…えぇ!?」


涙がどんどん出てくる。今更もう止まらない。笑わないけど優しい銀時から離れたくないのは我が儘なのかな。けれどやだ。
やだ。やだ。やだよ。


「銀時、…ッッ!!」


銀時の服を握る。そうしたら、ぎゅっと握り返されて、大きい手、息を吸う音が聞こえて。引かれ気が付くと抱き締められていて。
銀時?


「捨てるわけ、ねぇから」


耳元でそっと。その言葉に息を飲むと銀時はまた背中を優しく叩いた。


「晋助が施設に帰りたくなったのかなって、ちょっと確かめたかったんだ。もし帰りたいなら謝ろうと思ってた。もう帰す気なんてないから。けどよかった。帰りたくないって言ってくれて」

「………」

「家族が欲しかったんだ。俺を見ててくれる」

「…どおして、俺なの?」

目のない俺を選んだの?

「…あの施設で、一番最初に俺を見たのが晋助だったってそれだけなんだけど」

中に入って。施設の役員に話しかける前に。何も期待していない目で俺を見ている俺にそっくりの子。この子なら俺だけを見てくれるってそんな気がして。


「…ちゃんと育てたいってな。なんだけど、あんまり人と付き合ってないから……うん」

「……ぎんとき…」

「だから、甘えたい時とか何かしたい時はなんでも言ってくれ。…嬉しいから」

「本当?」


それならば。


「……今日みたいに、また一緒に寝てくれる?」

「うん」


それから、明日から一緒におやつを食べたい。
パソコンを叩いててもおかえりって言って欲しい。
たくさんたくさん我が儘を考えながら。
温かい銀時の体温に包まれて眠りについた。




後日。

「ケーキ、全部手作りだったのか!?」
「……いやぁ、趣味でちょっと。美味しかった?」
「すげー!銀時ってぱてしえなんだなっ」
「うん、違うかな(可愛いなもう)」





終わり



銀さんのお仕事は翻訳家です。
子高が子高っぽくない!
あらら(・ω・`)


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