短編

□Blue smoke
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リノリウムの床はひんやりしていて、なにも履いていない素足には気持ちがいい。

着なおしたばかりの制服のポケットから携帯を取り出し、時間を見る。
PM7:29。
長く続く廊下は暗く、窓から差し込む月明かりで青白く発光してみえた。

ふう、と息を吐いて背後の壁にもたれかかる。
目の前には、白いシャツのボタンを長い指でとめている男。


「晋、」


呟くように呼ぶが、返事はない。
男は申し訳程度に下のボタンを数個とめると、あとはもう面倒になったのか、大きく胸元を肌蹴させたままやめてしまった。窓を背に立っているせいで、月明かりが逆光になって、男の姿に影が落ちる。


「ねぇ、晋助ってば」

「んだよ」

「もう帰ろ。学年主任の松平センセって、8時ぐらいに見回りくるらしいよ」

「マジかよ。……ちょっと一服してからな」


目の前の男、あたしの恋人である高杉晋助は、スラックスのポケットから煙草の箱をとりだした。



――流れるような、仕草だった。
箱から抜き出された一本を晋助の歯がとらえ、銀色に光るライターに彼の指が触れれば、シュボッ、と音をたてて小さな火が灯る。かすかな空気の流れで所在無さげにゆれるその灯火を、晋助は手のひらで覆い、そっと口元の煙草を近づけた。

伏せた右目、かすかに開く薄い唇。青白く照らし出される、一連の手馴れた所作。
……紫煙が昇る。



「あたしね、煙草吸うひとの仕草は好き」


そう言ってみる。晋助が、口角をあげたのがわかった。

挑発的な右目と視線が絡み、一気に距離をつめられた。くわえ煙草の煙が目にしみて、思わず顔をゆがめる。
晋助はわらって、煙草を右手の中指と薬指のあいだに挟み、あたしから遠ざけた。


「晋、…息かかってる」

「かけてんだよ」

「馬鹿、煙草臭い。人の顔に煙吐き出すのやめて」


あ、無視しやがった。


「晋、」

「なんだよ」

「だから臭いって。近いよ、顔」

「嫌がられると余計に、な」


このドSめ!
晋助はなんだか愉しそうに笑った。距離はそのままに、彼はあたしから顔をそむけると、また煙草を吸う。それからあたしの唇に向けて、細く煙を吐き出した。




「慣れさしてやる」




そのキスはひどく苦かった。
かさなる唇の隙間から、薄青い煙が立ち昇って、消えていく。




Blue smoke
(あぁ、苦い!)





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Blue smoke→紫煙(主に煙草の煙のこと)
青なんだか紫なんだかハッキリしろって話ですが。
素足とか着なおした制服云々のシチュエーションは、ご想像にお任せします←

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