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□溶け合う、
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「先生まだ〜?」
「すまないが、今日はここで野宿だ」
「えーなんれ?!ピノコお家帰りたい!!」
「我慢してくれ。エンコしたんだからしょうがないだろう」
久しぶりの国内出張オペ。2つ県を跨いだ山奥の金持ちから電話があったのは2日前の夜だった。翌日、カバンに荷物を詰める私に案の定彼女は『連えてって!』と言った。
面白い事など何もないし、今回はさほど難しいオペでもないから助手もいらない。と言っても尚『行く!』と言って聞かない彼女の狙いは分からないが、ここしばらく何処にも付き合ってやれずにいたし、特に危険な香りもしないので連れていくことにした。
無事オペが終わったのは今日の夕方。金を受け取り、来た道をひたすら走る。が、行きにも思ったが相当荒い道だった。というか寧ろ道でもない。どっちかっていうと階段に近いかもしれない。下るたび腰が浮く程の衝撃。そりゃあエンコして当然だ。
患者の家に戻ることも考えたが、辺りはすっかり暗くなっていた。夜の山をうろつく方が危険と考え、車の中で一夜を明かすことにした。
幸い遠足気分の彼女が用意した大量のお菓子と、ふもとの自販機で買った緑茶があるので食べ物には困らない。
「んもぅ、今日は見たいドヤマがあったのにぃ…」
さっそく文句を言いながらスナック菓子に手を付け始めた彼女。
「おいピノコ、こぼすなよ」
「あらまんちゅ!ピノコレレイだもーん」
とかなんとか言っときながら、予想を裏切らない彼女。
ぽろぽろ…と細かい粉が彼女の膝の上のスカートを汚していく。
その様子を見ると同時にスカートからのぞいている白い太ももが視界に入るが、それなら大丈夫。
今までのような失態を演じてたまるか。
「全く……ほら、これを敷きなさい」
そう言って渡したハンカチを膝に広げた彼女は再び粉をまんべんなく撒き散らしながら食べ進める。
「…先生」
「なんだ?」
「先生はお腹減らないの?」
「あぁ…まだ減らないな。お前は食べてなさい」
「うん」
むしゃむしゃ…という彼女の食べる音だけが車内に響き渡る。
車の外からは何の音もせず、ただ一つの音の発信源である彼女に否が応でも意識がいく。
そんなに私の雰囲気に気が付いたのか、彼女もむしゃむしゃという音が少しだけ小さくなった気がする。
ま、まずい…なんだか緊張してきた。
彼女との間に今まで感じた事のないぎこちない空気が流れる。
顔を見られたくなくて外を見たがさっきと変わらない風景。しかも向いてから気付いたが、窓に反射してより自分の顔が見られてしまうではないか。まずい、と思って振り返り、いつの間にか乾いた喉を潤そうと緑茶に手を伸ばした。
「「あ、」」
彼女も喉が乾いてたらしい。あれだけスナック菓子を食べれば必然的にそうなるか。2人の手が触れ合っても思わず手を引っ込めなかったことは成長したと言ってくれ。
「先生、先飲んでいいよ」
「ぁ、あぁ」
成長したと言っても心拍数は依然として異常なままで、こんなに緊張して水を飲むのは初めてかもしれない。
見つめられてる気がする。たとえ彼女がみているのはお茶だとしても。
どうしようもなく、体が熱を帯びる。
―液体を飲むという、僅か数秒の行為の間に、私は企んだのだった。
とんでもなく子供なこと。
くだらないことかもしれない。
だが自己満足で終わらなければ私はもう、
飲み終わっても数秒、私はペットボトルの口と同化したままだった。
離した瞬間、今までの興奮が嘘のように去っていった。
彼女へのどうしようもない想いが冷めたわけではない。落ち着いた、と言った方が良いか。
そしてボトルを彼女に渡す。
あぁ、俺はこんなにも子供だっただろうか。
「先生、全部飲んでいい?」
「もちろん」
残さずお飲み
彼女の体を緑茶と私が潤すのを眺めながら、私の喉が鳴った。
飲み込んだのは口内に残った緑茶か、それとも。
えんど。