短編

□好きで、好きで、
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日向の親に呼ばれ、父親をどうにか対処してから日向の部屋にやってきた。
彼女の部屋で二人きり。そんなシチュエーションに全くよこしまな気持ちが生まれないと言ったら嘘になるが、僕の横に座って楽しそうな笑顔を浮かべてくれるだけで、今はとても満たされた気持ちになる。

するとふいに、襖を軽く叩く音が響いた。

「日向?失礼するわね」

現れたのは、長く綺麗な漆黒の髪がとても印象的な女性だった。
日向の母親だ。

「どうしたの、お母さん?」

日向は立ち上がろうとするが、日向の母はそれを制した。

「貴女の彼氏が来てるから、挨拶ぐらいしないとね」

日向の母は僕へと視線を向ける。それは日向の父が僕に向けたような厳しいものとは違い、優しく柔らかいものだった。

「こんにちは。お話するのは初めてね。日向の母です」

僕は立ち上がり腰を折る。

「原田龍也です」

父親と違い否定的な態度が見えないことに不信感を持つ。

「そんなに身構えないで。別に反対はしないから」

言われた言葉の意味が一瞬分からなかった。
『反対はしない』そう言ったか…?

「貴方を敵視していたことは本当。貴方と付き合うことになったと聞いた時は流石に怒ったわ」

その時のことを思い出してでもいるのだろうか、日向の母は苦笑いを漏らす。

「ライバルで居続ける限り、日向に貴方に負けて欲しくないと思ってる。……でも、弓道と恋愛は別。日向が貴方を選んで、貴方も日向を選んだ。あまりに突然のことで驚いたけど、恋はそういうものでしょう?」

日向の母はまるで悪戯っ子のように笑った。

「だから、私は反対しないわ」

うちの娘をよろしく頼むわね、なんて微笑まれてしまったら。
僕は自分が幼いことを実感させられてしまう。
僕にこんな余裕など持ってはない。
いくら大人ぶって見せようとも、やっぱり僕は子供なのだ。

「大事に、します」

僕の口からでたのは、そんなありきたりな一言。
だけれども、日向の母は満足そうに微笑んだ。

「ありがとう」

それだけ言うと、日向の母は僕らに背を向けた。
襖を開け、部屋を出ようとしたところでこちらを振り返る。

「そうだ…。……まだ中学生なんだから、キス以上のことをする時にはよく考えなさいね」

衝撃的な言葉と、パチッと音がたちそうなウインク残し、日向の母は今度こそ部屋を立ち去った。

何とも言えぬ雰囲気が漂う。

「……お母さんのばか……」

日向が小さく呟く。
彼女のほうに顔を向けると、膝に顔を埋めている。
僕は日向のすぐ横に座り、そっと日向の頭を撫でた。
ぴくりと反応して、日向は僕を見上げる。
普段は強気な癖に、こういう風に真っ赤になる姿が可愛いなんて言ったら、きっとまたすぐに隠されてしまいそうなので、この思いは心の中に留める。

「好き、だよ」

撫でていた手を後頭部に回し、引き寄せる。
力に逆らうことなく、日向は僕の肩に寄り掛かった。

「私だって……」

そう呟いて顔を俯かせる日向の顎に手をかけ、僕のほうに向かせて固定する。
驚いたように見開かれる瞳。
あぁ、愛しいと胸が高鳴る。

さぁ、これからどうやって「私だって……」の後に続く甘い言葉を聞き出そうか。





好きで、好きで、

(こんな自分がいたことを、僕は初めて知った)





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