短編

□拒否権はキスと引き換えに
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夏休みが終わり新学期が始まれば、日向と会える時間は殆どないようなものだった。
そもそも、僕と日向は住んでる県が違う。
お互い県境に住んでいるので距離的にはそんなにたいしたことはないのだが、部活の練習試合はそう簡単には当たらないのだ。

どうしたものかなぁ…。

校則違反の携帯を見つめながら、僕は考えていた。
夏休み中は時間を見つけて会ってはいたが、新学期になってしまえば学校がある上に部活が本格的に再開される。
お互い弓道の強豪校。まして僕たちは一応全国区の人間だ。
時間なんてそうそう見つからない。

そんなことを考えていると、突然携帯のサブディスプレイに新着メールの文字。
開いてみると、それは丁度今考えていた人物――日向からのものだった。

『部活終わったら、駅前で待ってる』

たったそれだけ。でも、僕の胸を高鳴らせるには十分だ。
それに、向こうの学校も携帯は校則違反。
僕も日向が持って行ってないとは思ってなかったが、どうやら向こうもお見通しらし。
なんかいいな、こういうの。
僕は自分の口角が上がるのを感じながら、了解の旨を送った。





「お先に失礼します」

部活が終わると早々に着替える。

「あれ、原田がそんな慌ててるのは珍しいな」

「先輩、あいつこれから彼女とデートですよ」

「何!?大会で一緒に帰っていったあの子か!?」

「これだからイケメンは………」

「すみません、文句は今度聞くので、今日は失礼します」

このままだと長くなりそうなので適当に切り上げる。
ただでさえもう夜の六時になろうとしてるのだ。会える時間をこれ以上減らしては困る。
袴と弓と鞄を担ぎ、僕は走って学校を後にした。







待ち合わせの駅というのは、僕と日向の家の中間にあるものだ。
お互い最寄り駅はここではないが、待ち合わせするにはちょうどよい駅だ。
一応僕の住む県にあるが、県境ぎりぎりの日向の家のほうが距離は近い。

「日向!」

駅前にたどり着くと、人混みの中で弓が飛び出していた。
僕はすぐにそこまで駆ける。

「龍也。久しぶり」

日向はにこりと笑った。
僕が以前見惚れた笑みより格段に綺麗な微笑みがそこにはあった。
付き合いだしてから日向が僕に向けてくれるようになった笑顔は、僕だけが見れる、僕だけに向けられる特別なものになった。
多分きっと、その逆ってのもあるんだとは思う。

まぁ、とりあえず。僕らの交際は順調ってことだ。

「久しぶり。会いたかった」

素直な気持ちを口にすれば、日向の頬がうっすらと朱色に染まる。

「そんなこと言ったって、全然会おうって誘ってくれなかったじゃない……」

おや、これは拗ねてるってことか…?
初めて見る反応に嬉しさが込み上げる。
まだまだ僕は日向の知らない面が多い。
だからこんなふうに新たな一面を知ると、どうしようもなく心が弾んでしまうのだ。

「ごめん、部活で疲れてるかと思って連絡できなかった。僕だって、ずっと日向に会いたかったよ」

彼女の滑らかな長い黒髪を撫でる。
ほんと、愛しいなぁ。

「相変わらず恥ずかしいことをすらすらと……」

別に僕は恥ずかしいことを言ったつもりなんてないが、日向は僕が伝える言葉に照れるらしい。
だけど、それが嫌いじゃないってことはとっくに知ってる。

「さて、日向の家のほうに歩きながら話そうか」

流石に女の子を遅い時間まで引き留めてはおけない。
本当はもっと長く一緒にいたいが、日向のご両親が心配するだろうしね。

手を差しのべれば、そっと繋がれる僕のものより一回りほど小さな手。
それをしっかりと握って、のんびりと歩き出す。

「日向のとこはどう?」

どう?とはもちろん部活のことだ。
二人の時まで部活の話とはなんとも色気がない気もするが、僕らのいつものパターンだから仕方ない。

「んー、まあまあかな。龍也のとこは?」

「こっちも同じ感じ」

お互い大まかに最近の部活状況を説明し合う。
次の練習試合の話をしていた時、あることを思い出す。

「そういえば、来年から大会の方式が変わるらしいね」

「男女別になるってやつでしょ?龍也と対戦することはもうないってことね…」

今までは男女混合だったのだが、やはり男女差が表れてしまうことから、来年度より男女別にすることが決まったらしい。

「来年は二人で優勝しよう」

繋いだ手に少しだけ力を込める。

「そうね」

日向は僕を見上げて微笑んだ。
それを見た瞬間、僕は無意識に日向の名前を呼んでいた。

「なに?」

「キスしていい?」

ぴたりと日向の歩みが止まり、僕もそれに合わせるように足を止める。

「え…?ちょっ、何言ってるの…!?」

焦った表情と声色。やっぱこういう所が可愛すぎる。

「日向のこと好きだなぁって思ったらキスしたくなっちゃった」

悪びれもなく笑う。自分で思っていたより、僕は欲望に忠実なようだ。

「こんな人目につく場所で何考えてるの!?」

「じゃぁさ」

手を引っ張り、人通りのない道へ入る。

「見えないなら、いい?」

建物の壁に片手を付き、日向を挟むようにして覆い被さる。
空いた手で顎を捕らえてしまえば、彼女はもう僕以外見ることなんてできない。

「きょ、拒否権、は……?」

「拒否」

にっこりと笑えば、日向の指がギュッと僕のワイシャツをの胸元を握った。
それは彼女がこの行為を許してくれた証。

「好き、だよ……」

日向が口を開くよりも早く、僕はその唇を塞いだ。





拒否権はキスと引き換えに

(唇を合わせてしまえば、拒否権なんて忘れてしまう)





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