短編

□シンデレラガール
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「……っ……おと…さん……、おかあさ……っ……どこ……?」

少女は泣いていた。
大雨の中、木々にかこまれ、傘も差さずに。

「おと……っ、……おか……」

少女は孤独だった。
先程から幾度となく呼んでいる両親はおろか、人すらそこにはいなかった。

少女は今朝、両親と喧嘩をした。
前々から約束していたお出かけが、父の仕事の都合により急遽延期になってしまったからだ。
少女は家を飛び出し、家の裏手にある森の中へ飛び込んでいった。
そこはとても広く暗く、大人でも迷子になる可能性の高い場所。子供達が入ってはいけないと言われるのは当然の場所だった。
そして案の定、少女は帰る道を無くした。
歩いても歩いても同じような景色。
父と母のいる家はまったく見えて来ない。
少女はいつのまにか近場の木の幹に座り込んで泣いていた。
少女の涙に反応するように、次第に雨が降り始め少女の身体を濡らした。


本当は分かっていた。今日出掛けられないのは仕方のないことだったと。父も母も本気で残念がり、謝っていたということを。
これは全て、少女が自分の我が儘のたまに生み出した自業自得な事態だということも。

カサッ

何処かで小さな音がした。
少女は怯えた。
自分を探している人ならきっと自分の名を読んでくれるはず。違うということはもしかしたら大きな獣かもしれない。
そんな少女の心の内など知らずに音は着々と近付いて来、そして姿は現れた。

「いやっ……!!」

「見つけた」

思わず目をつぶった少女の耳に聞こえてきたのは、凛としたソプラノの声。
恐る恐る視線を上げると、少女の視界に少女と年の変わらなそうな、黒髪にダークブルーの瞳を持った綺麗な顔をした少年が立っているのが映った。

「だ……れ?」

「こわかったでしょ?もうだいじょうぶだから、行こう」

少年は少女の問いに答えることはせず、少女の手を握り立つように促した。
少女が立ち上がると、少年が少女の手を引いて歩きだした。

「私…、○○○って言うの……」

「そうなんだ。○○○、いい名前だね」

少年は決して自分の名を名乗ろうとはしなかった。

ふと、少年は屈むと、小さな花を手にとった。
少女が不思議に思っているうちに、その花が少女の髪に挿される。

「この花はきみによくにあうね」

「あ……、ありがとう」

それから、無言が続いた。

やがて、

「○○○ーー!!」

少女の名を叫ぶ二人組。
それは紛れも無く少女の両親。
少女は走った。そして両親を呼ぶ。
少女の両親は少女を見つけると、すぐに駆け寄って自分の娘を抱きしめた。

「…っ……おか……さ……おと……さん……っ」

「よかった……、よかった……!!」

少女と少女の母親の目から涙がこぼれ落ちた。
少女の父親も、安堵のため息をついた。

そして、落ち着いてから少女が少年を振り向くと、そこにはもう、誰もいなかった。

「あら、あなたいつの間に頭に花なんてつけたの?」

あの少年にもらったものだ。
少女は母親の言葉に思わず自分の髪に触れた。
すると花が髪からとれ、少女の小さな手の中に収まる。

「これ……」

「それは…、セントポーリアね」

セントポーリア。初めて聞く名前の花だ。森の中に沢山あった花。

少女はその花を大切そうに両の手で包み込んだ。

先程の少年の手は温かくて優しくて、とても安心するものだった。

もう一度、あの少年に会いたい――。

この感情が恋心への始まりなどと知るには、少女はまだまだ幼すぎた。
そのため、月が経つにつれて少女の記憶からいつのまにか今回のことは抜け落ちていってしまった。


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