短編

□そんなふうに笑うんだ
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僕と皆川日向の関係は、何と言ったらいいだろうか。
友人ではない。恋人でももちろんない。
知り合い以上友達未満。
あえて言うのであれば『ライバル』であろうか。

僕の家は原田家と言い、昔は武士を名乗っていた家系だったらしく、その名残で男子は武道を極めさせられた。
柔道、剣道、空手、合気道、弓道を幼いころから習い、どれも人並み以上には極めた。
その中でも弓道の才能はあったらしく、自分でも的中した時の感覚が好きだったので、僕はどんどん弓道にのめり込んでいった。

そして小学三年生の時、練習試合で彼女を知り、気付いたらお互い勝敗を競うようになっていた。
両親同士もいつのまにか敵対し始め、『皆川日向に負けるな』が両親の口癖になっていた。

彼女と話したことは実はかった。
僕が知っているのは的に狙いをすました横顔だけ。
だから知らなかった、気づかないふりをしていた。
皆川日向という人物が、あんなにも美人であったということを。



そんなふうに笑うんだ。

僕は不覚にも彼女の笑顔に見とれ、そんなことを考えていた。

中学一年での全国大会。
個人戦で来ていた僕は、更衣室から出てすぐにある自動販売機の前で皆川日向を見かけた。
彼女の横には彼女と同じ学校であろう男子がいて、二人で会話をしていた。
そしてふいに、彼女は笑った。その綺麗な顔で。
何事もなく通り過ぎようとしていた僕は、その笑顔を見た途端に足が固められたかのように動かなくなった。
試合の時の彼女しか知らない僕は、知り合って長いにしろ彼女の笑顔をこの時初めて見た。
そして苛立ちのような感情が生まれた。彼女にではなく、その笑顔を向けられた男子に、だ。
僕はなんとかゆったりと歩みを進める。
彼女の視線が僕に向いた。

「やっぱりいたんだな、皆川」

「原田…、いるとは思ってたわ」

彼女は挑戦的に口元を歪ませた。
先程の笑顔は影も形もなくなったが、彼女が僕を見ていることに満足する。

「お前に優勝はさせないからな」

僕も彼女と同じように笑う。
彼女は、それはこっちの台詞よ、とお互いに宣戦布告。
そして僕は彼女とすれ違う。

「試合後、話したいことがあるんだ」

そう囁いて僕は歩みを進める。
戸惑う彼女に振り返ることもせず、僕は顧問と応援に来てくれた両親や先輩や友人の元へと向かった。





まぁ、結果は僕の勝ちだった。
最後の一本まで同点で。
最後の一本を僕が的中させ、彼女が外した。
悔しそうに涙をこらえる彼女。性格が悪いと言われるかもしれないが、彼女の泣き顔を見たいと思ったし、泣いてもきっと絵になるだろうとも思った。

表彰式を終え、皆に祝いの言葉をかけられる。

「原田ー!このあと昼飯食いに行こうぜ!お前の祝いにさ!」

友人の一人が僕に言う。
気持ちは嬉しいが、正直祝いの席は得意じゃなかった。

「あー……、とりあえず着替えてくるわ」

返事を曖昧に濁して更衣室へと向かう。

制服に着替えながら断り方を考えても、いいものはない。
しかもズボンとYシャツに着替えるだけなので、じっくり考えるような時間も稼げない。
僕は袴をしまい、弓を肩から背負う。
諦めの気持ちで更衣室を出ると、思ってもいなかった人物が目の前にいた。

「…皆川…?」

皆川日向は壁に背を預けて僕を睨んでいた。
制服セーラーなんだ…、と余計なことを考える。

「遅い。私に話があるって言ったの誰?」

あー、そういえばそんなことも言ってたなぁ…、とどこか他人事のように考える。
だってあれ、彼女が僕のことを少しでも考えるようにするための嘘だもん。
まさか彼女がちゃんと覚えて、尚且つ律義に僕を待っていてくれるとは思ってもみなかった。

「あー、……皆川、このあと暇?」

そうだ、と思い至って言葉を紡ぐ。

「このあと部活のみんながお祝いしてくれる。貴方もでしょ?」

「まぁ、そうなんだけど、僕祝いの席って苦手で」

「つまり、私をだしにして逃げたい、と」

ハッキリ言うなー、と苦笑い。
まぁ、事実だから仕方ないけど。
だけどそれだけが理由じゃない。

「僕らの両親もお互いを良い意味でなく意識してるだろ?僕は昔からお前には負けるな、親しくするなとか言われてきた。それに対する反抗も含めて。あと、学校同士の試合外対立を避けるため」

僕の言葉に一瞬キョトンとした彼女だったが、すぐにそれは悪い笑顔に変わる。
彼女の次の言葉が予想できた。
彼女もなかなかの性格してるようだ。

「面白いわね。いいわ、付き合ってあげる。私も祝いの場はあまり好きではないし、両親に反抗するのも楽しそうじゃない。試合外の対立もお互い困るものね。利害の一致ってところかしら?」

そうと決まればさっさと行くわよ、と彼女は僕の手を引いた。
彼女は無意識だろうか?僕はその繋がれた手を少し力を入れて握る。
彼女の肩がびくりと震え、繋がれた手を見た。

「…は、離しなさいよ…!」

彼女が手を離そうとするが、僕は強く握って離さない。
僕は笑う。

「先に握ったのはお前だぞ?」

彼女は言葉に詰まり、そして僕から顔を背けた。
顔、赤かった。
可愛いなぁ、と素直に思う。
やばい僕、こんなにあっさりと彼女にはまってしまったみたいだ。

お前と一緒にいたいんだ――誘った本当の理由は口の中で消えた。




皆が待つ出入り口へ行くと、僕の関係者たちと彼女の関係者たちが早くも冷戦を繰り広げていた。
お互いに睨み合っている。
僕たちはため息をついてからそこに向かう。

「遅いぞ、りゅう……」

「待ったぞ、皆が……」

僕らに気付いた僕の友人と先程彼女と話していた男が同時に言い、同時に詰まった。
彼らの視線は僕らの手。

「悪い、せっかくだけどパス」

「ごめんなさい、私もパスで」

ポカンとする一同を尻目に、僕は彼女の手を引いて表へと出た。

うん、気分が良い。




「……で、いつまで繋いでるつもり?」

駅前まで歩いてから、彼女は再び僕の手を外そうとする。
残念けど、離してなんてあげないよ。

「何か食へない?」

彼女の言葉を無視して、この辺にあるいくつかの国民的ファーストフード店やファミレスの名前をあげると、彼女は諦めて某イタリアンのファミレスを選んだ。

店は案外空いていた。
窓際のテーブルに座り、メニューを開き、少し考えてから店員を呼んで注文する。

待ちながらたわいもない会話をし、料理が届いてもそれを続ける。
そんなことが楽しく、また、彼女とは会話のノリが合った。

気付くと店に入ってそろそろ二時間で、窓の外はぽつりぽつりと明かりが灯り始めていた。

「そろそろ行こうか」

僕が外を見ながら言うと、彼女も視線をそこに向け、え!?と声をあげた。

「もうそんな時間!?」

『もう』と言ってくれたあたりから、彼女も僕との会話を楽しんでくれたんだと思い、あぁ、やばい、柄にもなく胸が弾む。

「貴方と話すの楽しかったわ。こんなことならもっと早く私から話しかければよかった」

そう言って笑った彼女は、僕が見とれたあの笑顔よりも数段綺麗だった。
本当、参ったなぁ……。

「じゃぁ、皆川」

荷物を持って立ち上がろうとしていた彼女は、僕の呼びかけに視線で返す。
僕は笑う。

「僕と付き合おうか」

「へ……?」

彼女の目が見開かれる。

「僕と付き合って、今まで話さなかった数年を埋めてみない?」

余裕そうな笑顔の仮面を被りながらも、彼女の反応を見るまでこれは賭けでもあった。
…まぁ、今の彼女の顔見たら答えなんてもう分かるけど。

「…うん……」

顔を俯かせ、彼女は僕の予想通りの答えをした。
微かに見える彼女の顔はほのかに赤く色づいている。

「行こう、日向」

僕は手を差し出す。
初めて呼んだ彼女の名前は、その名のように日向のような温かな感情を僕にくれた。
彼女は怖ず怖ずと僕の手を取り、少しだけ強く握ってくれた。
その曖昧な力加減が愛おしく感じた。






「……龍也、聞いてる?」

「…え…?…あぁ、ごめん」

自分の考えにふけっていた僕は、彼女の声で我に返った。
懐かしいことを思い出してしまった。
彼女と――日向と付き合い始めて早いことでもう三年。
僕も日向も弓道の推薦で同じ高校を選び、今では同じ部の仲間として練習や試合に励んでいる。

「ねぇ、日向」

名前を呼ぶと、何?と少し首を傾げる彼女が可愛くて。
あぁ、抱きしめたい。
だけどここは街中だしとりあえず今は我慢、我慢。
僕は続きの言葉を口にする。

「好きだよ」

突然の愛の言葉に日向の顔は赤に染まる。
抱きしめたい、抱きしめたい、…いや、我慢、我慢。

いきなり言うな、馬鹿……、と僕の腕を軽く叩く。
だけどそれも照れ隠しって分かってる。

そう言いながらも日向は必ず、

「…ありがと、私も好き…」

恥ずかしいけど嬉しい、そんなふうに――


そんなふうに笑うんだ

(僕の理性は崩れ落ち、本能のままに彼女の身体をギユッと強く抱きしめた)




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