連載

□綺想曲〜カプリチオ〜B
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二人の口喧嘩は小突き合いに変わり、僕が笑いながらそれを見ていたら、市河さんが仲裁に入った。
「もう!二人ともうるさいからやめて!」
市河さんは二人の間に割って入るように立ちはだかり、呆れ顔をした。
「アキラ君も黙って見てないで、止めてよね!全く、毎回毎回!」
それから広瀬さんなども加わり、会話は愉快に弾んだ。
こうなったら本当にもう打つどころではない。もう少し進藤と打ちたかったが、諦めるほかない。
僕はみんなの話しを聞きながら、小さくため息をついた。
進藤は僕の様子に気付いたのか、話しの腰を折るように立ち上がった。
「俺達そろそろ帰るわ。な、搭矢!」
「え?ぁ…うん。」
進藤もここにいてももう打てないと思ったんだろう。
「帰るなら坊主一人で帰れよ!俺たちはまだ若先生と話したいんだよ。」
北島さんがまた進藤にくってかかった。
「みんながうるさくて、落ち着いて打てないんだよ!」
進藤は席を立ち、入口で市河さんに預けた鞄を受け取り外に出た。
「生意気なガキだ!」
北島さんが腹を立て小言を言うのを、脇にいた広瀬さんがなだめた。
皆さんには悪いが、進藤が帰るならいても仕方ない。
「すみません。僕も帰ります。」
皆さん残念そうな顔をしてくれたが、僕は簡単に別れを告げ、先を行く進藤を追った。
進藤はビルの外で僕を待っていた。
「搭矢、もうちょい打ちたいならウチくる?」
やはり進藤は僕のため息の意味を察してくれたらしい。
僕は腕時計で時間を確認した。
時刻は19時。まだそれほど遅い時間ではない。
でも、進藤のウチで打つのは危険だ。きっと手を繋いで一夜を過ごしたあの日を思い出してしまう。
もっと深みにはまりそうで怖い。
もう少し傍にいたいが、進藤のウチで打つのは無理だ。
僕は首を振った。
「いや…今日はもういいよ。」
「…そうか。」
進藤は一度僕を見て、ゆっくりと駅に向かって歩き始めた。
進藤が僕を見た時、僕は一瞬ドキリとした。彼の表情がとても寂しそうに感じたからだ。
なぜ、そんな表情をしたのかわからない。僕の思い違いかもしれない。
僕は不思議に思いながら、進藤の後を追った。
しばらく黙って歩いたが、もうすぐ駅に着くという時に進藤が口を開いた。
「空港何時に行くの?」
「え?」
何を言われているかわからなくて、聞き返した。
「韓国行きの飛行機、何時?」
「14時くらいだったかな。」
「送って行くよ。仕事、休みだし。」
「え?」
「空港まで。」
進藤はポケットから鍵の束を取り出して僕に見せた。
「車買ったんだ。」
進藤は18になると同時に車の免許を取った。以来ずっと車が欲しいと言っていたが、近くに駐車場なく、なかなか購入出来なかった。
「いつ?」
あまりにも唐突すぎて、僕はキョトンとした顔で聞いた。
「車が来たのは5日前。やっと近所の駐車場が空いたんだ。」
「…そうなのか。」
「だから送ってくよ!どうせタクシーで空港行くつもりだったんだろ?」
「うん。」
「もったいねーよ!3万くらいかかるだろ?」
「うん、でも……。」
いつの間にか駅に着いてしまい、駅前で僕たちの足は自然に止まった。
歩くのをやめてしまうと、初冬を感じさせる北風がやけに冷たく感じた。
「この前の御礼だよ。」
「この前?」
帰宅ラッシュの時間帯で駅はとても混み合っていた。
進藤は僕の肩を叩き、脇に避けるよう促した。
壁際まで移動し、二人とも壁に寄り掛かり顔を見ずに話した。
「夜、一緒にいてくれた御礼。…あん時、お前ずっと傍にいてくれて…すげえ安心した。…ありがとう。」
進藤は僕にだけ聞こえるくらいの小さな声で言った。
嬉しかった…。
あの時、誰かの変わりでも僕が傍にいたいと思って一夜を過ごした。なのに、進藤は僕がいて安心したと言ってくれた。僕は彼の役に立てたんだ。
嬉しいのに、なぜか涙が出そうになり、僕は俯いてそれを隠した。
「だから御礼に送らせて。」
「…大丈夫なのか?君はペーパードライバーだろう?」
僕は今の心情を読み取られないよう。わざと皮肉交じりに言った。
「任せなさい。安全運転で連れてってやるよ。」
進藤はポンと胸を叩いた。
「じゃあ。頼むよ。」
「おう!」
僕は進藤の申し入れを受けることにした。



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