Short Story(2009)

□名もなき贈り物
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何度拭っても、溢れる涙を止めることはできなかった。
僕は家の中に入ることもせず、ポストの脇で声を殺して泣いた。
すると、家の前を通る足音が聞こえて、僕は咄嗟に顔を下に向けた。
ところが、足音は家の前で止まり、
「ぁ…!」
と、小さく声がした。
僕は少し顔を上げ、顔にかかる髪のすき間から覗き見た。
そして驚いた。
門前でぎょっとした顔をして進藤が立っていた。
「しん、ど……」
進藤は僕の顔を見るなり、一歩後ろに下がり顔を強張らせた。
僕は門を勢いよく開けた。
「おは、ょ。いや〜、たまたま通りかかってさぁ。お前、早起きだなぁ」
進藤はバツが悪そうにヘラヘラとわらった。
たまたま通りかかったなんて嘘だ。
進藤がここにいる理由は…ひとつ。
今年も届けに来てくれたんだ。
今度は嬉しくて、また涙が流れた。
間違ってなかった。
間違ってなかったんだ。
「ぉ、おいっ!なんで泣いてんの?あれれ…、と、とぅ、や?」
戸惑った表情で、進藤は恐る恐る僕に近付いた。
「なぁ、搭矢?どうしちゃったの?」
「遅いよっ!!」
僕は泣きながら叫んだ。
「えっ!?ええぇっ!?」
近付いたかと思うと、進藤は僕の声にビクッと驚き後ずさった。
「君が遅いから、僕は…僕は……」
僕は体当たりするみたいに、進藤の胸にしがみついた。
進藤はおどついた。
「ええっ…と、とやっ、あれぇ、はぁ?これ…どんな状況?」
「遅いんだ!」
「え?あ?」
「もう僕のこと、どうでもいいのかと思った!」
「…んなこと……。っ!!ぁ…ばれ、てる?」
進藤が身体を引こうとするのを、僕は腕を回して止めた。
やっぱり進藤だったんだ。
嬉しくてたまらない。
「お前…、俺の、そのぉ…チョコをさぁ、待っててくれたの?」
進藤の胸の中で、僕は頷いた。
「それって……俺の、こと…」
僕はもう一度頷き、
「今年も、チョコくれるよね?」
と小さく聞いた。
硬くなっていた進藤の身体から力が抜け、僕の背中に腕を回してフワッと包み込んだ。
「ああ、そのために来たんだから」
もうおどつきはなく、しっかりとした口調で進藤は言って、僕を強く抱きしめてくれた。
胸に喜びと幸せが沸き上がった。
やっぱり僕は馬鹿だ。
自分の想いを伝えようともせず、進藤に想われてるというだけで嬉しがって、一年一度のこの日だけを楽しみにし、しあわせを感じていた。
想いが通じ合うことは、もっと嬉しくて、もっともっとしあわせなのに、知ろうとしなかった。
ただ待ってるだけで…。
想っているだけでは、想われているだけでは、この温もりはわからないのに。
5年分の感謝と想いを込めて、今伝えよう。
「進藤、ありがとう。毎年チョコくれて、とても嬉しかったよ」
「告白する勇気なくて、ただ置いていくだけでごめんな」
「ううん」
「これ、もらって」
進藤はポケットからチョコを出した。
「俺、搭矢が好き。大好きだから」
「ありがとう。僕も進藤が好きだよ」
受け取ったチョコは、毎年もらっていたものより、『好き』という言葉の分だけ重かった。
そして、とても甘かった。



「ねぇ進藤。何故今年は遅かったんだい?」
「そりゃあ、昨日今日って、俺、高崎で仕事だもん」
「仕事?」
「北関東アマチュア囲碁大会だよ」
「あっ!!」
「昨日は主催者と会食で終電乗れなくてさぁ。3時半くらいのムーライトえちごとかいうやつで…」
「なんで君はここにいるんだ!」
「なんでって、チョコ…」
「馬鹿か、君は!!」
「馬鹿ぁ!?」
「普通帰ってくるか!?」
「だってチョコが…」
「早く高崎に戻れ!!」
「そりゃねーだろ…」
「すぐ戻れ!!」
「やっと俺達…」
「いいから行けっ!!」

僕に背中を押され、進藤は口を尖らせ、高崎に戻って行った。
わざわざ帰って来てくれたのは嬉しいが、仕事先から抜け出してくるなんて、棋士としてはあるまじき行為。
いるはずの人がいなかったら大騒ぎだ。
だから、僕たちがチョコと同じくらい甘くなるのは、進藤が帰ってくるまで
お・あ・ず・け。


〜FIN〜
2009.2.13



【あとがき】
バレンタインSSでした。
よかった〜、今回はup出来て。一晩で書けたわ〜。
クリスマスSSを落としているので、バレンタインはちゃんと書きたいと思っていたんです。
バレンタインは出来ちゃってる話より、やっぱり告白話がいいかなと、去年に続き告白話にしました。
去年とは逆でヒカルたんからのチョコにしてみました〜。
歳は22で書いたんですが、ちょっとウブ過ぎる告白でしたね…(笑)設定間違えましたね(汗)
ちなみに、北関東アマチュア囲碁大会なんてものはありません(笑)

最後までお読みいただきありがとうございましたm(__)mm(__)m


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