Short Story(2008)

□雪の魔法
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今朝、起きたら雪が降っていて、嬉しくて跳び起きた。
俺は夏の方が好きだけど、雪は大好きだ。
雪をみるとワクワクする。何かいいことが起こるような気がする。
夜中から降り始めたらしく、朝には一面銀世界だった。
雪で遊びたいけど、俺は仕事がある。
普通に高校に行っていたら、友達と遊べるのに…。自分で選んだ道だけど、こういう時はちょっと後悔するな…。
俺は、降り続く雪を横目に、仕事に行く支度をした。
今日は棋院で手合い。
せめて何かいいことが起こればいいのにな…。


手合いが終わって棋院を出ると、外はもう暗くなり始めてた。
雪はまだ降っていた。今年初めて降った雪は、都会をすっぽり覆ってしまっていた。
みんな足早に家路を急いでる。雪だからいつもより増して、みんな急ぐんだろうな…。
和谷がいれば、雪で遊べたのに、あいつは大阪にいってる。
携帯のアドレスを眺めて、俺は傘もささずに、トボトボと駅に向かって歩いた。
搭矢アキラ。携帯に表示された名前。
あいつ家かな?まっ、雪遊びなんかしてくれねーだろうな…。
搭矢と雪遊び…、考えただけで笑える。でも、あいつが碁以外で楽しく遊ぶ姿、見てみたいな。
携帯をいじりながら、駅前の信号が変わるのを待っていると、いきなり携帯がなった。
画面を見ると、
―公衆電話―
と表示されてた。
「…はい。」
『もしもし、進藤?』
若干かすれた声、落ち着きのあるゆったりとした口調。
すぐに誰だかわかった。
「とーや。」
今、考えてた奴から電話なんて、なんかすげえ。
『君、どこにいるの?』
「市ヶ谷駅向かって歩いてる。駅の前の信号、…、どうした?」
搭矢から電話がかかってくることは珍しくないけど、だいたいは『打とう』だ。けど、こんな日にまさかそんなことは言わないだろう。
『ちょっと、そこで待っていてくれないか?』
「は?」
『僕、棋院にいるんだ。一緒に帰らないか?』
「一緒に帰るって…」
『とにかく待っていてくれ!すぐに行くから。』
そこで電話は切れた。
一緒に帰るってどういうことだ?
俺と搭矢が一緒に帰ったことがあるのは、俺が実家にいた頃。当時は同じ区に住んでたから、途中まで一緒に帰れた。でも今は、俺はJRであいつは地下鉄だ。一緒に帰ろうの意味がわからない。
搭矢は時たま変な事を言い出す。それに行動も変。突然現れたり、突然突拍子もないことを言う。
ちょっと理解不能だ。けど、あいつのちょっと理解不能なとこ、俺は結構気にいってる。
俺は訳もわからず搭矢の来るのを待った。
「進藤ー!」
すぐに搭矢はやってきた。
100メートルくらい向こうから俺を呼び、手を振って走ってくる。
雪が降ってるんだ。走ったら転ぶ。
俺はそれを見て、自然と身体が動き、搭矢に向かって歩き出した。
「進藤!…あっ!」
人並みをぬって走って来た搭矢は、俺の目の前で体勢を崩した。
俺は慌てて手を伸ばした。
「あぶねーっ!!」
間一髪!
搭矢の腰に手が届き、転びかけた搭矢を支えることが出来た。
「…ありがとう。」
搭矢は咄嗟に掴んだ俺の肩を急いで離し、下を向いて俺に礼を言った。
「走ったらあぶねーよ。」
俺も搭矢の腰から手を離した。
「そうだよね。君を待たせたら悪いと思って…つい…。」
まだ搭矢は下を向いている。それにちょっといつもと様子が違うかな?
「で?どうしたんだ?俺んちとお前んちは別方向だろ?一緒に帰れないよな?」
「それは…」
搭矢は言葉を詰まらせた。
「まさかこんな大雪の日に打つなんて言うなよ。」
俺が笑いまじりに言うと、搭矢は顔をあげて俺を見た。
「言わないよ。ただ…」
「ただ何だよ。」
「雪が…」
「雪?」
「雪が降ってるから、このまま帰ってしまうのは…もったいない気がして…」
搭矢は空に見上げて微笑んだ。
俺はなぜが搭矢の顔にくぎづけになった。なんでかわからないけど目が離せなかった。
「進藤…ちょっと歩かないか?」
やっぱりこいつは何を言い出すかわからねー。
「あぁ。」
俺は頷いて、搭矢につられる様に歩き出した。



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